「そんなの信じられない。」
夕暮れ。
丘の上にある見晴台で話すふたり男と女。
「何もない、そんな事しても。」
深刻な顔をするふたり。
「私にはもう何もないんだ。」
見晴台の一番上。
そこから眼下に見える街は夜景が綺麗。
「ここから飛べばあの夜景も少しは赤に染まるかな。」
長身で細身、長い黒い髪の女は柵の向こう側に立ち、男を見ている。
「赤・・・。」
「そう、あの夕日なんかよりも真っ赤な鮮血でよどんだ街を綺麗にするの。」
また、そんな事を言う。
いつもの事かもしれないけどいつも不安だ。
女に似た体系の男は冷静なふりをし続ける。
「そんな量じゃ風に飛ばされて終わりでしょ・・・。」
「全く夢がないなぁ・・・君は。」
わざとじゃないか。
そう思えるほどクールに返してくるのもいつもの事。
「もうすぐ太陽沈んじゃうね。」
「・・・そう。」
夕日を背にしている彼女にはそれが見えていない。
けど、なんだかクールだった顔が少しだけ下向きになったように見えた。
「ねえ、この世の終わりが来たら泣けるのかな?」
また突拍子もない質問をしてくる。
これも昔っから何も変わらない。
「終わりが来るときにならないと分からないし・・・その日もここに来てるんじゃないか?」
「そっか。」
今度は少しだけ明るくなった。
最初から死ぬ気なんてないんだ。
いつもの事だけど。
こいつは誰にも無関心でいたいんだ。
もし、自分に何かあった時。
泣いてくれる人なんていない方が良い。
そう思ってる。
本当はひとりでなんかいたくないはずなのにだ。
だから、たまに何かあるとこうなる。
「もう、君と知り合って20年くらいになるんだね。」
幼稚園から同じだったんだからそれくらいになる。
そんなの考えた事もなかった。
どれくらいかなんて事考えても別に関係なかった。
今のままでも十分・・・。
「ここで話した事・・・全部覚えてる・・・。」
肯定文だったのか疑問文だったのか語尾がよく聞き取れなかった。
けど、ここに来た回数すら忘れるくらいなのに内容なんて・・・。
そう思ったけどほとんどがこういう内容だった。
死にたいって言うのは本気じゃない。
だけど、0%でもないんだ。
自分のいる意味とか、
ここにいても良いのかとか、
目標とか・・・。
こいつは見えないもんと戦い続けてるんだ。
意味がないなんて言う奴もいるんだろうけど生きる事に意味なんていらないんだ。
ほとんどの奴にとってはそうなんだ。
今日の目標とか大きな夢とかそんなのいらないんだ。
こいつが今・・・昔から欲しかったもの・・・。
それは・・・絶対なる安心。
誰にも迷惑かけたくなくて心配もされたくない。
まるで二重人格・・・。
「ここに来るとね、思うんだ。
永遠なんて物どこにもなくてあるのは破滅と絶望だけだって。」
どっちも似たような意味・・・。
「だって、ここから見える景色毎回違うでしょ?
昨日あったものが今日は違うものになってて明日になるとまたなくなってる。
そんな繰り返しばっかりでこの場に留まろうとするものなんてない・・・。」
知り合った頃はこうじゃなかった。
幼稚園からこんなじゃ怖いけど変わったのは両親に捨てられてからだろう。
捨てられたわけじゃないけど本人はそう思っているんだ。
こいつの両親はまだ子供を育てられる歳じゃなかったから勝手に施設に預けられた。
それから両親は離婚して再婚。
だから、こいつはひとり。
それなのにこいつはこんなに優しい。
優しすぎて嫌われてるんだ。
会社でも何考えてるか分からない人。
そんな感じだろうから影で色々言われてるんだろう。
そりゃストレスも溜まる。
「あーあ、一生楽したい。」
「だったら俺の飯、毎日作れば良いだろ。」
さらっと言ったつもりだった。
「・・・。」
なんか言えよ。
黙られたら余計・・・。
「結局・・・誰といてもそうなんだ、その場だけ。」
その場だけか・・・。
「俺はお前の前から消えたりしないし、
お前より先に逝ったりしないよ。」
固まってる・・・いや、引いてるだけか。
「そっか・・・今日はありがと。
もう太陽沈むし帰ろうか。」
どっちなのか分かりにくい反応だけど何か納得したような顔。
柵からこっち側に戻ってくる。
一瞬、柵の向こう側だけが別世界のように見えた。
落ちる夕日に浮かんでいる黒い天使に見えた。