目を開けた時
見えたものは紅の空
紅く紅く眩しい太陽と
紅く染まった雲

瓦礫の隙間から見た菱形の風景がいやに綺麗に見えた

「まだ生きてるんだ、あたし」

レインに負けて壁ごと吹き飛ばされたアクトだ

かなり高い場所から落ちたにもかかわらず下が草の生い茂る場所だったからなんとか気絶
だけで済んだ

それに城が崩れた時も奇跡的に下敷きにはならずに済んだ

しかし何重にも重なる瓦礫の中から出ようにも出られない

誰かいるような気配もなくただ時間だけが過ぎてゆく

空だけが紅く黒く
変化してゆくだけ

何日経っただろう
体力は回復するどころか減って行く

服も体もぼろぼろ
生きる目的も失い
ただ永遠と空を見ていた

パタパタと何かが飛ぶ音?

錯覚ではない
確かに小さな何かが飛んでいる

アクトは出ない声でパクパクするが聞こえるはずはない

それでも何か近付いて来るのがわかった

菱形の空にそれは姿を現した

小さな竜
レインの連れていたルイだった

「声がすると思ったらレインそっくりな人…
今そこから出してやるから待ってな」

ルイは力一杯息を吸い込むと口から炎を吐き瓦礫を吹き飛ばした

菱形の空は姿を変え視界が広がった

「話せないほどまで弱ってる…このまま放置してたら魔物の餌食だな
まずはあの丘まで運んでやるか」

小さいのに力があった
どこにそんな力があるのかアクトを丘まで運んでも疲れた様子はなかった



しばらくするとアクトの体力は元に戻る

「助かった…ありがとう」

「あまり嬉しそうじゃないな?」

「そんなことはない
こういうことはなかったから戸惑っているだけ」

体力が戻っても体も服もぼろぼろなままだ

「その格好じゃ行動しにくいだろ
俺の魔法で服くらいは…」

ルイが念じるとあっと言う間にアクトの服が元に戻った

「何でもできるのね」
「できないことの方が多いさ
だからできることだけはしっかりしないと」
アクトは自分が何をしたいのか分からなかった

みんなしたいことがあって頑張ってる
それが誰かの迷惑だとしても

「俺はこれからまた旅をするけどあんたは?」

「何もないさ
失うものも何もないから目的もないし
得たいものもない」

「そうか、俺には関係ないが町にでもいけば何かしたいことでも見つかるかもな」

さばさばした感じの2人はその場で別れるとアクトは取りあえず言われたようにしてみる
ために町のある方へ向かってみることにした

町まではかなり遠いが道はしっかりしていて車や人々がたまに通っていた

途中には見たこともないドーム型の大きな建物や芝が綺麗に刈ってある場所があった
何かの施設だろうか
アクトには分からなかったがルイの言うとおりなのかもしれないと感じていた


その一帯を抜けると小さな町があった

いろんな人がいる
髪の色も色々
服装も色々
目の色まで色々

アクトは自分だけ違うと思っていたがそうでもなかったのかとちょっと安心した

町には見慣れない物がいっぱいあり美味しそうな物まである
広い場所では良い匂いのするものを作っているおじさんがいた

「いらっしゃい、どれにします?」

おじさんに言われると一番色の綺麗な奴を指差した

「100円だよ」

「??」

お金など今まで見たことがなかったアクトには意味不明でどうしたら良いのかわからな
かった

「なんだ、お金ないのか
田舎から出て来たばっかりみたいだしな
今回はタダで良いがしっかり働いてお金貰ったらまた来てくれよ」
何だかわからないまま美味しそうなそれを受け取ると一口

「美味しい…」

「そうだろ?
だからちゃんとここで働く場所見つけてな」
働く場所
アクトはちょっと目的ができて嬉しかった
話しによると何にでもお金が必要らしい
住む場所も何もかも
とりあえず移動して働ける場所を探すことにした


なかなか見つかるわけもなく数日経ったある日

『腕に自信のある人募集』

なにやら配達をする仕事らしい
これなら簡単そうだと思い寄ってみる

「華奢に見えるけど大丈夫なのかい?」

私より華奢なおばあさんが言う

「ええ…なんなら試しましょうか?」

腰の剣に手をかけたが
「OK
わかったわ
取りあえずは私と一緒に一度道を覚えながら行きましょう」

荷物は1つだけ
そんなに大きくはない
「これだけ?」

「そうよ
問題は中身
それを狙う連中が大勢いるから大変なのよ」
「これって食べ物?」
何も知らないアクトが尋ねると笑いだす

「あんた、かなり田舎者だね
こいつははちみつって言って高級な食材さ
これを隣り町まで運ぶのがあんたの仕事
とりあえず名前くらい聞いとこうかな
私はトミー」

「私はアクトよ」

「まずは信頼が大切よ
時間通りに運ぶこと
もちもん中身を綺麗な状態でね」

その日は隣り町までの行き方や色々教わった
「帰る場所がないのかい?
なら空いてる部屋使いな
どうせうちには誰もいないから大歓迎さ」

アクトはしばらく厄介になることにした


毎日が平凡に過ぎてゆく
決まった時間に起き
いつも通りの道を歩き隣り町までパン粉を運ぶ

危険と言っても化け物が出るわけじゃない
盗賊の類いだからアクトにとってみれば素手で十分な相手
だいたいこんな場所で本気になってしまったらここにいられなくなる気がした

今日も隣り町までやってきて目的の場所に着いた

いつものようにパン粉を手渡すと料金を受け取る

「アクトちゃん
たまにはすぐ帰らないでうちの子と遊んでいったらどう?
まだまだ明るいし」

そう言ってきたのはこの店の奥さんのマロン
ここの家にはマロンとその娘のジェニーしかいない
旦那さんは昔病気で亡くなったそうだ

アクトも後は帰るだけだったし少しくらいとは思って遊んでゆくことにした

今考えるとアクトは不思議だった
つい最近までなんの目的もなくただ忠実にあの王の言いなりになっていた自分
やっと何かを見つけられそうな感じがしていた

「どうしたのお姉ちゃん?」

ふと遊びの途中で考え込んでいたアクト

「ごめんごめん
次はなにしようか?」
しばらく遊んでから帰る頃にはすっかり夕暮れになっていた


マロンのパン屋を後にして少し早歩きでゆくアクト

もう15分もすると日没だろう
嫌な予感はした
こういう時に限って面倒なことは起きる
1日分の金貨しかないのに襲って来る奴等はいる

見た目は普通の女の子
盗賊の類いからすると楽勝な気はして当然だ
アクトはある場所まで来ると足を止めた
もう少し行くと誰かいる
複数の気配を感じた
隠れているつもりだろうがアクトには丸見えだった

できるだけ顔も見られたくはない
アクトは森に入ってやり過ごすことにした

しかし奴等は既に誰かいるということに気がついていたのか森の方をライトで照らしだす
アクトは上手く木の陰に入りやり過ごしながら奴等をかわしていった

ある程度離れた場所から再び道に戻るとさっきよりもまた少し早い足取りで歩きだした

しかしその直後何かがアクトの前を横切った
はっとしたアクトがその先に目を向けると小さな白い丸いものがいた

それはふわふわと宙に浮く10センチくらいの球体
しかしその容姿からは想像できないくらいの速さだった

「生き物?」

「おいらを肉眼でとらえる奴がいるなんて…
あ、その眼はrubyeye
こんな場所にもいたのか紅の…」

何か知ってそうな口調にアクトは嫌いな態度だったが聞き出せることは聞き出そうとした

「何か知っているの?」

「知ってはいるが教えることはできない
それは自分で見つけるもの
己を信じて進むのみ」

結局何もヒントはくれないらしい

「ここにいても何も見つからないと?」

「そうじゃないが…今はできることしたいことを探すことだな
じゃ、俺は忙しいからゆくぞ」

一方的に別れを告げると高速でアクトの前から消えてしまった


半分くらい来た辺りから再び人の気配がした
さっきとは違って少ないし乱れた気配ではない
一般人かもしれない

車でならよく通るが歩きでは滅多にいない

警戒しつつも呑気に歩くアクト
マロンに帰り際もらったパンを頬張りながら歩いていた

やがて気配は近くなり姿が見えて来た

人数は3人
1人は年寄りで後の2人はその老人の子供だろうか
それにしても妙である
若い男が老人を背負っているが意識はないようだ
病気か何かだろうか
だが急いでいる気配がない

不審には思うが声をかけるのも勇気がいる
ましてやましいことでもあるものなら嘘を吐くのは見えていた

アクトは見て見ぬふりをしてすれ違うと後ろで何か落ちる音がした
少し離れてから振り返るとくしゃくしゃになった白い小さな紙切れが落ちていた

あの3人の誰が落としたものかわからないがアクトは何も考えずにくしゃくしゃになった
紙切れを広げた

見た途端驚いた

『助けて』

ただそれだけなのに凄く背筋が凍りつく感じがした

とにかく助けないといけない
おそらくこれを落としたのは老人
急いで追いかけると案の定
老人を背負っていた男は森の奥に入ってゆく
その後に付いてゆく女
老人の意識はまだないようだ

アクトは目立ちたくないのもあって少し森の中まで付いて行くことにした


確実に聞こえないくらい中まで来たところで先に前の2人の足が止まった

老人を下ろすと持っていたスコップで穴を掘り始める

これは決定的だろう
アクトはそう思い2人の前に出た

「貴方たち何をしているのかしら?」

突然の声にビクッとする2人だかアクトを見て男がホッとした顔を見せる

「お嬢さんには関係ないよ
ここで見たことは忘れるんだ
もう真っ暗だからおうちに帰りなさい?」

「帰しちゃって良いのかしら?
全部ばらすわよ」

その途端男の目が変わった
持っていたスコップを降り下ろしアクトに向けた

「痛い思いはしたくないだろう?」

スコップの先をアクトに近付けながら言うが動じない

「お婆さんをこれで殴ったのかしら?」

手でスコップの先を触ると男はアクト目掛けてスコップをだしてきた

「あなたやめてー」

女も同時に止めに入るがアクトは難なく避けると剣を抜いた

「抜かせたからには覚悟せよ」

構えると一瞬で間合いを詰め男を叩いた

「きゃー」

女は悲鳴をあげる

「心配するな」

そういうと剣を見せる


よく見ると刃の方で斬っていなかった

それでも男は気絶しているようで口から泡を吹いている

「で、どういうこと?」

だらだらと長い話は小一時間続き終わる頃にはすっかり真っ暗になっていた

女の話を簡単に言うとお金が無く3人で暮らすには厳しいようで話した結果こうする他な
かったらしい

「じゃあなぜあんな紙切れを?」

「紙切れ?」

不思議そうな顔をする
てっきり女がわざと落としたとばっかり思ったがどうやら違うらしい

「まさかお婆ちゃんが」

女は慌てて近寄り心臓に手を当てる

「生きてる!?」

女が叫ぶとお婆さんは寝たふりから目を開けた

「やれやれ…なんとか助かったようじゃな」
よっこらしょと言う言葉が似合うような体勢から起き上がる

「お嬢さんのお陰で助かったわい
ありがとよ」

疑問があった
なぜ生きていたのにあんな真似をしたのだろうか

「あのまま埋まってもきっと後悔し続ける
そんなのじゃ困るがこのまま3人でいても生活が厳しい
だからわしだけ1人で生きようと思ったがお嬢さんとすれ違う時についついな」

「貧しいからってそんな…」

「これもみんな領主のせいよ
毎年どんどん税を上げるから…」

「税?」

「知らんのか?
あんた旅人かね
この町は住んでるだけでみんな領主に毎月納める金が必要なんじゃ
最近どんどん上がってみんな困っとる」

どこにでも似た奴はいるらしい
他人を不幸にしてでも幸せになりたい
それとも不幸になっている姿を見ることが好きなのだろうか
アクトの中に眠る何かが眼ざめ始めていた



次の日
アクトは郊外にある豪邸の前にやってきた
例の領主の家だ
家というか屋敷と言ってもいいくらいで
庭には噴水やドーベルマンがいる
倉庫らしき建物やそれとは別に小さな小屋がいくつかあるようだ
それに門には警備員らしき2人がいて容易には入れそうにも無い

入ったところでどうになるわけでもない
アクトは一度その場を離れた

家に帰ったアクトはトミーに聞いてみることにした

「領主…トミーもいいっぱい税を納めているの?」

「!?
どこでそんなこと聞いたんだい?
まぁ、最近急にそんなことになってるけどね
昔は良い人だったんだけど…」

どうやら昔からこの町の領主らしい
最近になって性格がおかしくなったらしい

「この前も領主の家に入り込もうとした人が
番犬にかみ殺されたとか
警備員に斬り殺されたとか
噂に過ぎないけどね
良いかい?
あそこには近づくんじゃないよ」

「うん…」

そこでは大人しくそう言ったが
自分の部屋へ戻ったアクトは
どうやって入り込むかを考えていた

アクトには1つの結論が出ていた
領主は悪魔に魂を売ったんだと

かつて王がしていたようなことをした
または誰かにされた
そう考えるのがアクトには一番しっくりいった


翌日配達を終えたアクトは明るい森を歩いていた
暗い森とは全く違い人もいっぱい歩いている
しかしどことなく昨日の雰囲気が漂う

昨日いたような奴等はいないし
もちろんあの3人もいない
仲の良い友達とか
家族とか…
みんな楽しそうだった

「家族か…」


広いこの世界
いったいどれだけいるのだろう
真っ直ぐに紅い太陽と向き合っていられる人


その日の午後
買い物を頼まれた
というか荷物持ち

「アクトってさぁ
ほんとに素直で良い子ね
ずっとうちにいてくれないかね」

「えっ…」

嬉しい反面無茶はするなって警告にも聞こえた
難しい顔をするトミー

「あんた、余計なことするんじゃないよ
苦しくたって精一杯生きてる人もいるんだ」

「うん…」

「さぁ、買い物、買い物
アクト、いっぱい買うからしっかり荷物持ってね」

強引な人だ
冷めてる性格のアクトには丁度良い
自分から行動するなんて今までになかった
だからこういうのはなんだか心地よかった

「ばっちゃん、こんなに必要なの…」

「何言ってんだい
まだまだ買うよ」

両手にいっぱい持った状態なのに
まだまだ買うらしい

デパートの上まで来てから1階ずつ降りてゆく
家具の階では椅子を見たりテーブル
タンスに本棚
ベッドにコタツ
目をキラキラさせるアクトにトミーは
ホッとした

「ばっちゃん、家具っていろんなのあるんだね
これなんて可愛いよ」

夢中になってるアクトは本当に無邪気に見えた
そう歳のわりに純粋で全てが新鮮に見えているような…

衣類売り場でも目をキラキラさせているアクト
見たことも無いような服たちを前に
どれを見ても今の服よりは綺麗に見える

1つの服で止まったアクト
その目の前には薄い水色の入ったドレス
見入ってしまうアクトにトミーは感心した

「それそんなに好きかい?」

「うん…なんかとっても綺麗な服」

「じゃあそれにしよう」

「え?」

「どうしたんだい
さっさと会計するから持ってきな」

「でも…」

「良いんだよ、欲しいんだろう?」

「ありがとう、ばっちゃん」

その後も色々と買い続けて家に着いたのは
既に暗くなった後だった

結局アクトの部屋の物ばっかり買ったような気もした
カーテンも茶色だった物から薄いピンクの物に付け替えた
ベッドのカバー、枕、掛け布団…
カバーとか変えるだけで全然部屋が違って見えてきた
入った途端茶色一色のように思わせる部屋だったのに
その部屋は別の部屋と変わってしまった

「ありがとう、ばっちゃん」

「良いんだよ
それにその服…似合ってるじゃないか
他にも色々買ったんだ
毎日取り替えるんだよ
それが普通さ」

「うん」

どんどん変わっていく自分に戸惑いながら
部屋で1日の疲れを取ることにした


異変に気が付いたのは起きるより
ほんのちょっと前だった
異様な夢?

漆黒の部屋の中に
ぼんわりと浮かぶ火
そして悲鳴
人とは思えぬ奇声を発していた

夢だったのか
いつの日かの記憶だったのか
あまりにも奇妙な
そして鮮明すぎた

が、もっと奇妙だったのは
あまりにも静かだった
いつもならトミーが何かしてる時間帯のはず

恐る恐る台所へ移動してみたがトミーはいない

「変だな…」

部屋へ行っても同じことだった
家の中にはいないと分かったが
外へ出たってどこへ行ったかはわかりはしない
トミーが行くような場所なんて知らない
いつもなら何も不安にはならないことなのに
とても不安だった

そのままの格好で外へ出ると
服装のせいかすれ違う人みんなが振り返っていく
アクトはそんなこと気にする暇もなく探し続ける

公園に来たが人はそんなにいないが
話しているのが聞こえてきた

「またあの婆さん、領主のところに行ったのかよ
懲りないな」

また?
婆さん?
領主?

色々話しているようだたがそれだけで十分だった
間違いない
あれだけ関わるなと言っていたのは
こういうわけだったのか

アクトは急いで領主の家に向かった

近くまで来て色々と思い出していた
警備員、犬、高い塀
家の前まで行けたって鍵もかかっているだろう
それにせっかく買ってもらった服…

それでも迷う時間なんて無かった
嫌な予感は更に増してきていた

領主の家が近づくほどにそれは増していき
すぐそこまで来る頃には
気分が悪くなりそうなほどの何かが
はっきりと脳の中に直接流れ込んできている
そんな気すらするほどだった

領主の家の前まで来たが
そぐに異様な雰囲気が伝わってくる
警備員はいないし番犬もいない
家の扉まで開いている

どうやって入ろうかと思っていたアクトのは
好都合だったが不気味さは余計に増していった

しかし迷っている時間ももったいないから
アクトは止まることなく扉の向こう側へと進んで行った


家の中は広い空間が広がっていて
部屋がいくつもありそうだった
1つ1つ順番に開けていきトミーを探すが
人1人見つけることが出来ない
まるで空き家だった

同じように扉へ手をかけた瞬間だった
手がしびれるように痛みを感じた

「何これ!?」

思わず声に出してしまって慌てて口を押さえるが
誰かいるわけでもない

慎重になったアクトは再び触れるが今度は平気だった
ゆっくり戸を開けると
中には理科室を思わせるようなものが並んでいる
何かの実験でもしている部屋…

アクトはハッとした
やっぱり人体実験をしているんだと確信するのには
とてもすぎるものが飛び込んできたのだ

ガラスの管に入っているそれは見覚えのある姿
人にも見えるがそれは羽が付いている
天使なら見栄えも良いがそれはそんなものじゃない
昆虫の羽でも植えつけたかのような姿をしている

とてもじゃないが凝視していることもできない
と、その時奥から声がしたのに驚かされた

微かにしか聞こえない声
しかし近寄るとそれがすぐにトミーの声だと分かる
話している相手は見たことの無い男
領主だろうか?

どうやら喧嘩している様子だった

「もうこんなことはお辞めなさい
どうしてそんな子に育ったのかね」

「あんたに言われたくないな
俺を捨てて離婚したくせに
毎日来られても困るんだよ」

愕然とした
捨てた?
離婚?
あのお婆ちゃんが…

「あれには理由が…」

「それは何度も聞いた
けどな
捨てられたのに何も変わりは無い」

「だったら町のみんなを苦しめないで
私だけ苦しめたら良いじゃないか」

「許せないんだよ
俺がこんなに苦しんでるのに
何で町のやつらはいつも笑ってんだ
許せない…」

聞いていたアクトはちょっと複雑だった
さっきまでの勢いはどこかにいってしまい
このまま帰った方が良いのかも
なんて思い始めていた

「きゃー」

悲鳴!?

その途端ぐしゃと言う音がした

アクトは思わず2人の前に姿を現した

「誰だ、貴様…」

アクトの目に映ったのは
真っ赤に染まるトミー
その横には魔物と化した領主

「貴様…見たからには生かしてはおけぬ」

無視してゆっくりトミーの側に行くと優しく抱きしめた

「お婆ちゃん…」

返事は返ってこない
真っ赤な色した血が温かい
水色のドレスは血に染まり
アクトの眼と髪がますます紅く
まるで燃えるように殺気を放つ

「許さない…
良い人だったのに
絶対許さないんだから」

空中で手を広げると
剣が姿を現しアクトの手の中に納まる

「人間に何が出来る」

「………」

答える気にもなれず最初の一撃を放った
見事に刺さったはずだった
なのに剣はその皮膚に弾かれた

「ふははー
そんななまくらな獲物じゃ
俺にはきかないぞ」

そう言うと手をグーにして殴りかかってきた
避けきれずにもろに受けると
一撃で致命傷
フラッとして片膝付いてしまった

「俺はな最強の鎧を手に入れたのさ
どんな武器も俺にはきかぬ
ふははーーー」

「寝ぼけたこと言ってると
後で後悔するぞ」

ぶち切れたアクトの口調が変わった
立ち上がると術を唱えるや否や
すぐに領主目掛けてそいつを放った

一瞬にして領主ごと壁の向こうまで飛んで行き
どうやら外まで行ってしまったらしい

アクトはトミーを安全な場所に移すと
急いで後を追った


庭まで飛ばされていた領主だがそれほど
ダメージがある感じでもなかった

「無駄だ
驚いたが傷は全く無いぞ
ふふふ…」

不気味な笑い方だ
アクトは鳥肌が立った

「親を殺してまで何を得たいのか…」

「さあな
邪魔だから殺しただけだ」

更にアクトは切れる

「いい加減にしろよ
この化け物」

さっきよりも速いモーションで唱えると
剣に炎を宿し
一瞬にして領主との間合いを詰めると
再び一撃を食らわせた

だが全く手ごたえが無い
剣は領主の皮膚でぴったり止まり
それ以上内側には全く刺さっていない

「どうした?
その程度でおしまいか?
今日は全員休ませておいて正解だったな
さすがに大勢の前で見られると困るからな
殺すのがお前までで済めばどうにでも出来る」

既に人間の顔ではない
ただの化け物だ

「私は絶対にお前を許さない」

一度間合いを取り
もう一度斬りかかるがさっきと変わりない

「無駄だ
何度しても同じこと
痛いどころか触れてる感じもないわい」

アクトは走り出した

「なんだ、今度は鬼ごっこか」

領主も後を追う
足は遅いのかなかなか追いついてこない
しめたと思いアクトは倉庫のような建物の壁を
破壊し中へ入った

そして入ってくる前に…

「こんなところへ逃げて何のつもりだ」

入ってきた瞬間その建物に火を放った
火は瞬間的に広がり一瞬にして
建物全体を焼いてゆく

「ぐわーーー」

中から奇妙な声がする

しばらく経つとその声も聞こえなくなり
再び静まり返った

焼けた建物の跡には黒焦げの物体があった

「どんだけ頑丈でもあれだけ燃えたらね…」

あっけないと言えばあっけないが
どうでも良かった

アクトはトミーを担いで
急いで病院へ向かった
手遅れなのは分かってた
それでも…


トミーが亡くなって
1日経った

静かな家
いつもの音が聞こえない

ゆっくりベッドから起き上がると
台所へいく
何も変わりない家具があって
いつもの食器がある
ないのはトミーの姿だけ

そこに1枚
何か書いてある紙があった

『アクトへ
これ見るのは私が出た後だろう
別に書く必要があるのかわからないけどね
私はあんたを本当に家族だって思ってた
思ってたけどやっぱり本当の家族じゃない
私には本当の家族がいてね
あの領主さ
ああなったのも私のせい
実は毎日あんたがパン粉届けてる間に行ってたけど
今日はどうしても朝から行かないといけなくてね
そんな気がしてさ
それに今日は何か嫌な天気でね
良いかい?
私に何かあっても1人だなんて思うんじゃないよ
遠くにいたって関係ないさ
あんたとは本当の家族じゃないけど
私の立派な家族だよ
トミー』

まるで遺書
涙が止まらないアクト
一緒に行っていれば
もう少し早く着いていたら
後悔ばっかりで何時間も泣き続けた



疲れたせいなのかまた眠っていたらしい
起きてみるとそこがどこなのか分からない
真っ白な空間で体にはいろんなチューブがついている

ガラス越しには白い服着た人が数人
こっちを見て喜んでいた


「私…」

「大丈夫よ、貴女助かったのよ」

「???」

記憶がよみがえり始める


その日
アクトは家族でドライブしていた
楽しく話しをしながらどこかに向かっていた途中
事故に巻き込まれたのだ

必死に助けを呼んだのに誰も来なかった
そしてそのまま…


「あれは夢だったの…」

側にいた看護師がそっと近寄り一言言った

「無事で良かったわね」



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