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また1人
新たな犠牲者がやってくる

冷たい眼の男は感じていた


ポツン…ポツン…
雫が天から降りてくる
それはまるで誰かを愛しむかのように
亡き者に捧げる様に
静かに
そして悲しく降り始めた


普段どれだけ明るくても
雨が降り出せば悲しい色に染まってしまう
その色を引き立ててしまう
悲しい音色をかもし出す雨音

動く物も止まっている物も
全てが悲しく見えてくる

それにこの匂い
決して嫌いじゃないが
やはり悲しみに添えるのには
似合いすぎる匂い


しかし、雨にもリズムはある
今はこんなにも優しく悲しげな雨でも
時には力強く豪快に痛々しく突き刺さすように
踊る時もある

今回の雨はどっちになるのか予想もできない
だから素晴らしい



雨の日なんて特にすることも無い
パソコンは手軽にできる暇つぶしだ
その日、ゆうりは少しイライラさしていた

ネットをしたっていつもと同じで掲示板を見ると
低レベルなカキコばかりでオタク同士がはりあっている
あまり好きじゃないがネットサーフィンすることにした

最近気になっている言葉を入力して
出てきたサイトを適当にクリックしてゆく

たいしたこともないサイトばかりが
ゆうりの目の前を目に留まるような物もなく
次々と通り過ぎてゆく

ピタッと止まったのは綺麗な絵のサイトだった
好みの絵がずらーっと並んでいて
どれもがゆうりの目を輝かせていった

1枚1枚がとても神秘的で吸い込まれそうになるほど
ゆうりを刺激する

それはまさにゆうりが理想とする1枚を
集めたようなものばかりだった


何時間経っただろうか
かなり膨大な量だったからすっかり夕方になっていた
時間も随分消費して満足したゆうりは
そのサイトをお気に入りに入れて
パソコンの電源をオフにした

透き通るような青い空
太陽の日差しが強くて今日も暑い

ゆうりは重い足取りで会社へ向かう
途中のコンビニで朝食用のメロンパンと牛乳を購入し
長いバス待ちの列に並ぶ
日課とはいえこれほどの苦痛を毎日のように
続けていると前にいる禿げオヤジの頭にでも
落書きをしたくなることも多々ある

そんな毎日もバスが来ると動き出す
アリが歩くようにのんびりと乗り始めようやく乗れたと思っても
座る場所なんて無い
それどころか立っているスペースもぎりぎりの状態

すぐ後ろにいるオヤジが故意に触れてきているのか
それすら分からないくらいに混んでいるバスは
混んでいる道をのんびり進んでゆく

その状態を40分程度我慢すると人は減り
ゆうりもそこで降りる
都心の小さなビルの1つの部屋で働く
仕事は探偵
探偵と言っても勝手にやっているだけで
プロでもなんでもない

事務所の所長はグータラな男・しんご
歳はゆうりより5くらい上で25前後といったところ
長髪で前髪が長く顔がよく見えない
服装だっていつも同じ服
何着もあるんだなんて言っているが
干しているところは見た記憶が無い
というのも所長はここで暮らしている
事務所=家なのだがそれにしては家具がほとんどない部屋
仕事に必要な机や椅子とパソコンに電話
それから生活に必要な冷蔵庫、流し、トイレ&お風呂
掃除機にレンジ…だいたいの物はあるが
必要な時に必要な物がないことが結構ある部屋なのだ
簡単に言うと客が来る場所以外はゴミ箱と変わらない
所長曰く
俺が使いやすければ問題ない
だ、そうだ

そんな所長は置いていて
ゆうりのパートナーとも言えるのが
この事務所の最後のメンバーのみゆ
歳はゆうりと同じで20歳
ゆうりがきた時には既にいて
1人で全てしていたようだ
ゆうりと比べると断然できる
頼りになる先輩でもある

そんな3人しかいない事務所だが
所長は昔有名な事務所で働いていたとかで
そんなに暇でもない程度には仕事が
入ってくるような状態が続いていた

今朝も1つ来ていたようでゆうりの机には
届いたままのファックスが置かれていた

2人に朝の挨拶をしてファックスに目を通すと
依頼の内容が書いてある

「なになに…昨日からうちのカトリーヌちゃんが
見つからないので探して頂き…はぁー」

途中まで読んでファックスを机に置く

「ため息付いてないでお願いね
こっちは別件してるからゆうりに任せるわ」

「マジかー猫探しはもう勘弁だよ」

くすっと笑い一言告げるみゆ

「それイグアナらしいわよ」

背筋が凍るようなゆうり
血の気が引き
イグアナという言葉が頭の中でリピートされるが
どうにもイグアナのイメージが出てこない
爬虫類?
両生類?
どっちにしたってグロいのは確か

「ほら、そこに写真載ってるでしょ」

放心状態のゆうりに留めを刺すかのように
みゆは持っているボールペンで指差す

その先には思っていたような形の生き物が
化け物と一緒に写っている
いや…飼い主だろう

飼い主に似るというがこれの場合
飼い主がイグアナに似たのだろうと
勝手な思い込みをして納得させたゆうりは
やっと少し理性うぃ取り戻した

「だけどイグアナなんてどうやって捕まえるんですか?
私、そんなの無理ですよ
猫だって大変なのに…」

「それは心配ないみたいよ
その子、とっても香水が好きらしいから…
これこれ」

そう言って取り出したのは
いかにも金持ちが付けそうな
嫌な匂いのする香水

「まさか私が付けて歩けば見つけられるとでも…」

「まあ、今日は理解が早いじゃない」

ニヤニヤと嫌な笑いをするみゆに殺意すら感じたが
観念してしぶしぶ香水を受け取った

「朝ご飯食べたらすぐ行ってね
うるさいおばさんだから遅いとぶーぶー言ってくるから」

「はいはい」

手をあげて答えるとさっき買ったメロンパンと牛乳をすぐに
口の中へ入れるとファックスをカバンにしまい部屋を後にした

ゆうりが部屋を出たのが9時前
現在10時過ぎ
未だに手がかりは無い
だいたい結構都会だというのに
こんな場所でイグアナ1匹を見つけられるはずが無い
依頼人の家の近くには結構広い公園がありそこに
的を絞ってみたが見た人すらいないようだった

「仕方ない…使うか」

そう言って取り出したのはみゆから受け取った香水
新品に見える
ということはわざわざみゆが昨日の帰りにでも
購入したものなのだろう

そーっと少しだけ付けるが
それだけでもむせるような匂い
こんなものつけたら逆に逃げ出すのではないかと
思えるくらいの代物だった

それからお昼になるまで探し続けるものの
手がかりは全く無いまま

「昼にしよ…」

既にボロボロになってしまった

再びコンビニに来た
しかも買うのはやっぱりこれ
メロンパンと牛乳

公園のベンチに体をゆだねて
美味しそうにメロンパンをほおばる
その顔はまさに幼稚園児…
口の周りにはメロンパンのかすが
付いていたりいなかったり…
すぐに牛乳も飲み干してしまい
しばらく休憩を取る

香水の匂いにも少し慣れてきたのか
温かい日差しを受けていると
眠くなってくる

ウトウトしていると携帯がブルブル鳴り出した

「誰だよ…全く………
ハロハロー」

「私よ、例のおばさんから苦情来てるけど
まだ見つかって無いわよね?」

「今、公園にいるんですが今のところは…」

「そう…じゃあ、とりあえず夕方まで探して
見つからない時は連絡して頂戴」

「はい、わかりました…」

用件だけ言うとすぐに切れた携帯

「探すって言ってもここ以外にいたら
本当無理なんですけどー」

ベンチに座ったまま伸びをするとベンチの後ろが見える

「あーーーーーー」

つい大声を出してしまったゆうりの目線の先には
見覚えのある形をした生き物がいる
イグアナだ

木に登っている
見るからに間抜けそうな顔だ
ゆうりは立ち上がり少しずつ近づく

「怖くないよ…ほらほらーこっちにおいで?」

周りに人がいたらどこの変態だと思うような
体勢で近づくとイグアナは上へ上って行ってしまう

「えーーちょっと待ってよ
ちくしょー」

そうだ
って何か閃いたかのような顔をして香水を取り出した

それを木の下の方にかけると思ったとおり
イグアナは下の方へ降りてくる
無事に下まで来てくれて後は捕まえるだけ…

「どうやって捕まえるのよーーー」

指を近づけてつんつんと触るが
とても抱きかかえて持ち帰るなんてできそうに無い

「仕方ない…あれでいくか」

再びカバンに手を突っ込みあるものを出す

「首輪とロープーー」

ドラえもん風に言ってみた自分だが
なぜテンションが高いのかわからないまま
とりあえず首輪を付けロープも付けた
後は引っ張ってでも連れて行けば…

動かない

「なんでよーー」

もちろん香水の匂いのせい
そこにだけあるから全く動こうとしない

仕方なく電話する

「ハロハロー見つけました
現在公園にいます
飼い主に連絡して公園まで受け取りに来てもらえませんか?」

「OK
よくやったわ
すぐ連絡するからもう少し辛抱してね」

辛抱…どんな状況なのか知っているかのような
多少笑っているかのような
そんな口調だった

数分後飼い主が現れ無事にイグアナは引き取られていった


「あー疲れた」

事務所に帰るとぐだーっと机に崩れる

「ご苦労さん」

所長だ

「はいはーい…」

「こんな日はそんなにないよ
今日はゆっくり休んでまた明日残ってるもの
作業してもらうから」

「はーーい」

ぐだーっとしたままふらふらと立ち上がり
なんとか帰るが帰りに再びコンビニでメロンパンと牛乳
コンビニの前で立ち食いをしてすぐ捨てて家に帰る

「今日も1日ごくろうさん、私」

ばたんとベッドに倒れそのまま爆睡してしまった

何時に寝たのだろう
帰ってすぐだったからかなり早かったことは
覚えているがそれ以上詳しい時間が思い出せない

確か事務所を出たのが6時過ぎで
ほぼ真っ直ぐ帰ってきた
コンビニに寄ったのも数分
だとすると家に着いたのは
7時くらいだろうか

目を覚ましたゆうりが時計を
見た時の時間は日が変わってすぐの
0時40分頃だった

低血圧のゆうりは寝起きが悪いのに
その時は目がしっかり冴えてしまって
ベッドの中にいても落ち着かない

ゆっくり起き上がって
パソコンの電源を入れる

電気も付けずに画面の明かりだけを
頼りに手慣れた感じで操作してゆくと
あっという間に目的の場所へとたどり着く

最近来ていなかったサイトだったから
色々と新しくなっていた

管理人の人が面白くていろいろと
コンテンツが増えてゆくし
イラストなんかも結構取り扱っている

掲示板にも寄り前の自分のカキコを見て返事がされていることを
確認すると嬉しくなる

ついでに再びカキコすると丁度上に新着のカキコがあった
それはサイトのアドレスのみで
他には何も書かれてはいない

どうせどっかのエロサイトの宣伝だろうと
思いながらたいして警戒することもなく
アドレスをクリックした

なんともないサイトだ
よく言えばシンプル
悪く言えばどこにでもあるような
そんなサイトに思えた

しかし直感でそれ以上開かないほうが良いと感じ
その日はお気に入りに入れるだけで閉じることにした

ゆうりがそれに巻き込まれたのは夕方のバスの中

混んでいるわけでもなく皆座れる程度の客を乗せてゆっくりと進んでいたのだが少女の一
声で穏やかだった状況が一変した

うとうとしていたゆうりには何を言っていたのか聞き取れなかったが間違いなくバス
ジャックだろう

少女は刃渡り25cm近くありそうなサバイバルナイフを小さな子供の首に当てたまま運転手
に何か言ったようだ

少しずつ状況を理解してきたゆうりはポケットの中の携帯でみゆに繋いだ

バスの中の音が聞こえるように音量を最大にしたままこちらからは無言

この手は普段から実行している
状況をつかんでさえくれればすぐに助かると思った

少し安心して周りの状況を確認してみると
自分がバスの前の方だったことに今更気がついた
少女を見ればすぐに目が合うような位置である

自分より前には数人いてさっきの少女にそれから男の子
その母親らしき人に老夫婦
後ろにはバックミラーで見える限りそこそこの人数いるように思える

もう一度前を見るととっくに自分の降りる場所を過ぎていたことを知った

寝ていたせいで降りるバス停を通り越してしまっていたのだ

うつむいて情けないなーと心の中で叫ぶのも虚しい

もう一度前を見ると少女を少し観察する

背は普通くらいで全身黒服だ
帽子を深くかぶりサングラスまでしている
逆に怪し過ぎる身なりだがまさかそんなことをこの時代に幼い少女がするとは信じがたい
少女と言うのも少々怪しいものに思えてきた
見た瞬間にそう感じさせたのは持っていた鞄のせいかも知れない
よく学生の頃皆同じものを持っていたから勝手に錯覚した

改めて確認してみると歳はなかなか絞り切れない

しかし分からないのはわざわざバスジャックする理由
ガソリンなんてそんなにないだろうからいずれは給油しなければならない
ゆうりがみゆに知らせなくとも時間の問題だ
しかしそんな考えは無駄だった

バスはある場所で停車してしまった

「ここで大半の人には降りて頂きます」

どういうこと?
と思ったが最もだ
いくら人質を取っても多過ぎだろう

「前の方の人以外は後ろから出て下さい」

がーん
思いっきり前の方のゆうりはショックもあったがこの犯人に興味が沸いてきていた
こんな状況でも探偵の血が騒ぐ

大半が降りたところで犯人は携帯を取り出し辺りには聞こえない程度で話し始めた

仲間がいるのだろうか
だとしたら厄介だ

電話を終えると再び発進するバス

だがすぐに止まる
前方にパトカーが何台も止まっていたからだ
それもそうだろう
今頃はニュースでも生で放送していても良いくらいかもしれない
さっきから聞こえる音はヘリコプターの旋回している音だろう

しかし未だに犯人の意図がさっぱり分からない

何がしたいのか…

「来た来た…お馬鹿な警察…」

なんなのこの子

「速やかに出てきなさい
今ならまだ軽い罪で済むぞ」

低能な警察が何か言っている
台本通りにしか行動しない無能な奴等だ

「そこのお姉さん
私のかばんからライフル一丁取ってくださるかしら?」

ライフル?
日本も簡単にそんなものが手に入る世の中にはなったが推定少女の犯人が手に入れられる
だろうか?

ゆうりは抵抗することなくライフル一丁を手渡すと少女はバスのフロントガラス目掛けて
ぶっぱなした

その途端ガラスは全て割れてしまい一台のパトカーまで飛んでいった

「無能な警察ども
よく聴け
これはほんの挨拶にすぎない
抵抗すればこの街もろとも吹き飛ばす」

誰もが信じなかったかもしれない
この少女がこれから始まる悪夢のほんの
一端に過ぎないこと


バスに乗っている他の客はパニックに陥っている
落ち着かせるにも方法が見当たらない

「貴女、全然怯えていないみたいだけど」

それはそうだ
これくらいで動揺していてはいけない

それにしても…
さっき見たかばんの中には武器が大量に入っていた
とはいえ入る量は知れている
おそらくさっき連絡を取っていた相手が近くにいて様子を伺っているに違いない

というかテレビのある場所ならどこにいてもこの状況を知ることが可能なわけだ

だからわざわざ早く見つかったような気もしてくる

推定少女はさっきから不可解な行動ばかりだ
死ぬ気満々にも取れる行動

「お姉さん
一番まともに会話できそうだからあの馬鹿どもに伝えてくださる?」

確かに他の人じゃ満足に会話できそうにない
「何かしら…お嬢さん」

「この紙に書いてあることをそのまま叫んで頂ければよろしくてよ」

推定少女から渡された紙を見ると少しずつ見えてきた

ゆうりは指示された通り立ち上がると警察に向かって叫んだ

「こちらの要求は2つ
1つはこの街にいる囚人の全ての釈放
1つはその囚人たちを追わない
1時間後に行われなければ仲間がこの街を破壊する」

読み終えて辺りが静まり返っていることに気がついた

「ふふ、お姉さん演技がお上手ね
仲間かと思われたかもね」

がーん
確かに人質ならこんな堂々と話さない
何も考えずに話してしまったことを今更後悔してみた

「どうせ1時間は何も起こらないからのんびり待ちましょう」

推定少女はライフルを置きゆうりの隣りの椅子に座った

「お姉さんってもしかして鈍いのかしら?
恐怖とかないの?」

ないことはないがそんなことしても無駄なのだから

「しいて言うなら貴女が何者なのかが分からないことには恐怖を感じるわ」

ふふって笑う

「それはひ・み・つ」
見た目よりもずっと賢いのかもしれない

「たった1時間で囚人の全ての釈放なんてありえないわよ?
他に目的でもあるの?」

「ないわよ
ここにいるから聞こえないけどいたるところで事件は起きているわ
ことが済めばお姉さんも自由にしてあげるからその時知ることになるわね」

なんとなく想像はついたし聞いてもそれ以上答えてはくれないだろう

しかし時間がなかなか過ぎない
今は何分くらい経ったのだろう
腕時計を見るとまだ15分程度しか過ぎていない

「ねぇ、人質は私だけで良いんじゃない?」
「そうねーもう済んだわけだしこの人たちの精神がおかしくなる前に解放した方が良いわ
ね」

そう言うと運転手も含めゆうり以外の人質は次々とバスから降ろされた

「さてと、これでゆっくり話せるわ」

「?」

推定少女はゆうりを見て疑問を持つような顔をしているに違いない

「何かしら?」

「その前に顔くらい見せてくれても良いんじゃない?」

「必要ないわ
それと妙なことはしないことね
私に何かあれば即街が壊滅状態よ」

「本当かしら?
街ごと無くなったら誰も助からないわ
それでは意味ないでしょう?
誰だか知らないけど囚人の誰かを取り戻す為の計画ってとこね」

「それは皆分かっていることではなくてお姉さん
ただその誰かがわからなければ同じことよ」
話している途中で警察の方から声が聞こえてきた

「犯人につぐ
今囚人たちを釈放中だ
だから街の破壊は止めてくれ」

推定少女が立ち上がる

「分かりましたわ」

随分早いこと
しかしこれで全て終わるわけじゃない

「お姉さんお別れよ
先に出て良いわよ
私はこれでそのままいくから」

これとはバスだろうが運転できるのか

ゆうりが降りるとバスはゆっくりと発進し警察の横を過ぎてゆく

夕方だった空もいつの間にか真っ暗だ

疲れ果てた時電話が鳴った

「ゆうり平気だったみたいね」

みうだ

「とりあえずはね
だけど何者なのかさっぱりだやわ」

「街中大騒ぎよ
爆発は止まったけど犯罪者がどこにいるかも分からないわけだしゆうりも気を付けな」

それだけ?
クールと言うか用件しか言わないみう
いつものことだ

まずは家に帰ろう
犯罪者がどれだけいてもすぐに犯罪を繰り返すかなんて知らない
警戒したところでなるようにしかならない

無事に家に着いた頃にはもう9時近くだった

テレビをつければさっきの事件の話
犯罪者のリストが公開されているところだ

この中に推定少女の仲間がいるはず
見たってわかるわけではない

ネットに繋げばこれよりはマシかと思い繋いだ途端だった

地震だ
それほど大きくはなかったが1日に色々と起こり過ぎているような気がした

パソコンの画面を見るといつの間にか昨日のサイトが開かれている
何気なくクリックしていくと綺麗なページに入った

そこはまるで天国をイメージさせるような空間
白を基調とした淡い様々な色で構成された
神秘的で癒される
この薄っぺらな画面との境界がなんとも言えぬ
手を伸ばせば届くところに全てがあるのに
それには一切触れぬ虚しさ

吸い込まれそうになるほど遠くまで精密に描かれた絵
だが精密過ぎるがゆえに絵であることが素人にでも分かる
完璧すぎるそれは現実とは違う世界を象徴していた

現実では作りえない偽り
ネットの空間自体が偽りなのかもしれない
元々そこは虚無の空間
何も無かったところに空間を作り出した
そしてその中で生きる人々
いつかどっちが現実だったのか
それすら忘れる人も現れるに違いない
楽なほうが生きやすい

ぷるるるる…ぷるるる…

電話!?
ハッと我に返るとすぐに受話器を手にする

「はい…」

「あ、お姉さん?」

聞き覚えのある声
さっきの推定少女

「あら、発信機でも付けられていたのかしら」

「知っていたと思いましたけどご存じなかったのかしら?」

嫌な感じだ
すんなり答えるということは見つかっても
関係ないということだろうか
それとも自宅が分かったから?

「何か御用?」

「今見ている画面に気を付けなさい」

プーッ…プーッ…プーッ…

寒気がした
なんて声だ
さっきまで子供っぽかった声が最後だけ
悪魔の囁きのように聞こえた

しかし電話してくるということは無事だということ
しかも監視されてる?
なぜ今見ている物が分かったのだろう

わざわざばらしてまで忠告してきた意味が不明だった
などと考えていると再び地震だ
さっきよりも大きい感じがしたがすぐに治まる

ふと外の様子が気になった
カーテンの隙間から顔だけ出すと
目に飛び込んできたのは
巨大な紅い月
いや、それが本当に月なのか
大接近している火星なのか
見分けることができるわけではなかったが
どちらだとしても異常だということは言えた
そして更に驚いたのは下を見た時だった
そこには全身真っ黒な服に身をまとったあの推定少女
手には携帯を持っている
間違いない
発信機などではなく最初から後を付けていたのだ

こちらが気が付いたのを確認すると突然姿を消した
いや、飛び上がったのだ
そのジャンプ力は人のものとは思えぬほどで
あっという間に窓ガラスの向こう側のベランダに降りた

「お姉さん、開けて下さるかしら?」

手にはサイレンサー付きの銃が握られていた
開けなければ容赦なく右手の人差し指が動く
それはかすかに見える推定少女の目からも
うかがい知れた

「ありがとう」

しっかりと靴を脱ぎ上がってきた
少し部屋の中を物色している様子を見せたが
それほど警戒している様子も見られない

「それで御用は何かしら
わざわざ後を付けてまで来た…」

「二度もアクセスするからよ」

部屋に掛かっている絵を見ながら
ゆうりに背を向けたままで話す

「二度もアクセス?」

「したでしょう…あの扉は開けてはいけないの
人が作り出した物ではないわ
そう…あれは神が創ったもう1つの世界」

何を言っているのか意味不明だった

「貴女いったい何を言っているの?
それに何者なの?」

「………良いわ
そんなに知りたいなら」

推定少女はゆうりの方を向き
顔の大半を隠していた帽子とサングラスを取った

「え?
どうなっているの…嘘でしょ…」

「お姉さんはこれが夢だというの?」

サイレンサー付きの銃を左手目掛けて撃ってきた

「ぎゃーーー」

すかさず推定少女が近寄ってきてゆうりの口に
その銃口をくわえさせる

「お姉さん、分かったでしょ?
あんまり怒らせないでね?」

笑みを浮かべてみせる推定少女
パニックするゆうりの傷口を舐めりながら
手当てをする

「少しは落ち着いたかしら?」

「ええ…でも貴女は誰…」

そこにはゆうりとそっくりな人がいた
いや、正確に言うと
髪の色は紅いし目の色もだ…
それに小さい頃のゆうりに似ている
ということになるが忘れもしないが
昔の自分の顔を持つ少女だ

「ふふ…私もゆうりよ
正確にはあっちの世界のね
あっちって言うのはさっきも言ったけど…」

「OKOK…少しずつ整理していくわ………
…つまりあっちとこっちにそっくりな世界があるのね?」

「うーん、まあ、半分正解かな?」

「けど、なんの為にあんなこと…」

バスジャックなどのことだ

「あれは貴女の言うとおりある人をあそこから出すためだけど
貴女には無関係のことよ」

またあの目だ
これ以上聞いても何も答えてくれないだろう

「で、本題だけどなぜこちらに来たかというと
貴女にしっかり自覚してもらいたいからよ」

「?」

さっぱりわからない
今起きていることだってあの痛みがなければ
まだ信じていないだろう

「…まあ、良いわ
どうせ近いうちに知るから
ただ迷わずに進めば答えは見つかるわ
あの月がそれを示している」

窓から見える紅い巨大な月が
その日はずっとゆうりを照らしていた


次の日起きたのは昼だった
いつの間にか眠っていたゆうりは
もう1人の自分がいないことに
それほど驚きはしなかったが
もしかするとなんて思いもあって
一応家の中を探してみたがどこにも見当たらなかった

カーテンを開けるといつもの風景が広がっている
昨日のことが嘘だったように…
ただ左手の包帯が痛々しく見えた
だが痛みは無い
たいした処置でもないように見えたが
適切な処置だったらしい

「もう包帯取っても平気かな…痛くないし」

スルスルッと包帯を外していくと
傷が無い

「あー騙された」

ドサッとベッドに仰向けになると笑い出す
一種の心理的なものだったのだ
あれだけ大真面目にずっと会話していた
あれが偽物だなんて全く思いもしなかった

それに結局重要な部分は何も触れずに去ってしまった
どうせなるようにしかならないとでも
言いたそうな顔だった

「だいたいもう1つの世界だなんて…」

昨日はあれだけ信じていたのに
寝て起きただけでかなり疑っている自分がそこにはいた
信じがたいことだ
もしかすると歳の離れた姉妹がいたとか
または精神障害か何かか
見えないものが見えるとか
よく知らないけど聴いたことくらいはある

けど幻視とか幻聴とかじゃなくて実際にそこにいた
何か伝えたかったのだろうか
言えない理由でもあったのだろうか
ヒントはあのサイトしか残っていない

その結論に達するまでそんなに時間はかからなかった
そしてパソコンを起動し例のサイトを開くまでも

がだそこで手が止まる

あの子が言っていたのはどっちのも取れるからだ
もう一度アクセスして何かに気が付いて欲しいとも取れたが
普通の警告にも受け取れた

どちらにせよ
未来は1つだけ
しなくても、しても
もう一方の未来が消えて片方だけが真実となる
消えた未来が偽りということでもなく
選択されなかった真実としてだけ残り
その時のそれはそこで終わりを告げる

ゆうりはもし自分なら…
そう問いかけ続けた

見えないものと戦う
それが一番の恐怖
自分の想像を遥かに超えた領域
予測のできない未来ほど不安なものはないが
後悔するつもりは既になかった

三度目のアクセスを試みた

明るい景色のあるシンプルなサイト
たった数秒で開き終えると
自分の興味の惹く場所へと入っていく

数多くのイラストを見ることができ
よほどの技術のある人の作品だとわかる
どれもが光り輝いていて吸い込まれるような錯覚に陥った
その時だった

再び地震が起こった
今度のは昨日のよりも更に大きくなっている
しかしそれも長く続くことはなく
横揺れの余韻だけを残し去っていく

「地震…多いなー」

ボソッと呟いて画面を見ると
画面の中が揺れていた
よくあるぼろい画面がチラチラしてるようなものではなく
故意にそうしているような動きだ

それはまるでこちらと連動しているようで…
ゆうりは誘われているように見えた

とは言っても簡単にできるようなことならとっくに
試していたかもしれない

ソッと画面に触れてみるが生温かい
感触だけが指から伝わってくるだけで
入れるはずも無い

だが次の瞬間だった
頭の中に直接何かが入ってくるような感覚に
耐え切れず思いっきり目を瞑ったまま
それが過ぎるのをひたすら待った

その時間が10秒だったのか1分あったのかはわからないが
今までに無い感覚を受けると
妙に長く感じるのはなんとかっていう奴が
体内で多くなるからだとか…

その感覚も薄れようやく目を開けられるくらいになると
ゆっくりとその視界が広がっていく


懐かしい部屋
間違いなく昔の自分の部屋ではないか
まだ引越しをする前の部屋

だがいつの間にかそこにはいなくて
今の部屋にいた気がする

懐かしさと何かに引きずられるように
別の部屋にも行く
父の部屋…
台所…
居間…
何か落ちている
小さな袋だ
何かの薬が入っていたのか
その袋は切り裂かれている

はさみで切ったような綺麗なものではなく
手で引きちぎったような後が残っている

そしてソファーの後ろには…

「…」

声にもならないモノが落ちていた

人なのか判別できるようなものが
そろっているわけではないが
何かの肉が確かに散乱していた

唖然としていると不意に声を掛けられた

「思い出したかしら?」

もう1人のゆうりがそこにはいた

「これは貴女よ
そして私…
私はゆうりのこの部分だけの記憶
貴女はそれ以降の記憶
死にたくないという気持ちだけで
作り出された幻影…
もう良いでしょう?
これ以上歪んでしまうと
今よりももっとアクセスしてくる人が増えてしまう
死んでいることにも気が付いていない人たちのね…」

ショック…いや、そうでもない

探偵になったのもそれで納得がいく
ちゃらんぽらんな性格だってことは
誰よりも自分が良く知っていた
言われたこともしっかりとこなせない
そんな時もあるくらいの技量しかないのに
探偵が務まるわけがない
それでも探偵になりたかった理由がこんなところにあったなんて

「犯人…犯人は?」

「昨日逃がしたわ」

「なぜ!?」

「貴女が殺しに行くことが明白だからよ
貴女が死んでから生きた分の歪みは大きいのに
これ以上されたら…
貴女があっちに残った分だけ私はこっちで後悔した
いつだって選択肢は2つに1つ
するか、しないか
貴女は私だから分かる
絶対に殺すわ
やばい薬の売買をしていた父は
少しずつ薬をくすねては楽しんでいた
ある程度で止めていれば見つからなかったかもしれないのにね
その代償が一家全員の命
とんでもなく高い代償ね…
だからと言って死んだ者が生きている者を殺めてはいけないのよ」

「ふふ…」

「なに?」

「世の中って不思議がいっぱい
何も知らずに生きている人が羨ましいわ
いつも明るく見せてたけど
心のどこかで寂しさと戦っていたわ…
わけもわからないものとね」

少女が近づいてきてゆうりを抱きしめた

「温かい…お母さんみたい…」

「もう頑張らなくて良いよ
貴女はいっぱい頑張ったんだから
もうおやすみしましょう…」



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