「リア・ノート・ヴァルティス。」
「ノエル、どうかしたの?」
明らかにおかしいノエルは氷の剣を持って
リアに向かってくる。
リアはそれを刀で防ぐがいくら隙があっても
斬りかかる事などできはしない。
かと言ってずっと防いでいるのにも限界はある。
平然と氷の剣を振り回すノエルに
リアがとった行動は逃げる事。
一目散にノエルの傍から離れる。
いったいどうなってるの?
なんでノエルが…。
ノエルと旅をしてからしばらくの間
別々に暮らしていた2人。
久々の再会がこれだなんて…。
どうしちゃったんだろう。
「どうかしたでありますか?」
屋敷内に入った私をいち早く見つけたのは
あのアーリン。
偶然だろうか。
会いたい時にはいつもいてくれる。
あの方向音痴のアーリン。
私はアーリンにさっきの事を話した。
「それはきっとノエルさんであって
ノエルさんではないのであります。」
「どういう事?」
「それはお嬢様が一番分かっているのであります。」
!?
まさかノエルの中にいたアクアっていう子…。
あの天界で会ったパームっていう天使と戦ってた時、
現れたって言う…。
もしも、さっき会ったノエルがそのアクアって子なら…。
『けっ。』
リバース、どうしたの?
『あいつは俺の獲物だ。』
獲物って…ノエルを傷つける気?
『あのなーアクアは俺を狙ってきたんだ。
邪魔はさせないぜ。』
「どうしたでありますか?」
「な、なんでもないであります。」
「…話し方変でありますが…。」
とっさに答えたリアはアーリンと同じ口調になっていた。
もう〜リバースのせいじゃん。
『おいおい、俺に当たるな。』
ふと見たらアーリンが何か考え込んでいる。
珍しい…。
「どうしたの、アーリン?」
どこを見ているのかリアではないもっと遠くを見ている。
ずっと見ていると吸い込まれそうになるのを
必死に堪えようとしたが耐え切れずに目をそらした。
「あ、ごめんであります。」
ようやく目を覚まして現実へ戻ってきたアーリンは
怖い目をしていた。
「本気で助けたいならもっと強くなるであります。」
「そんな時間はない。
その為に―」
「その為にニア兄でありますか?」
!?
「…何よ。
悪いの?」
「都合が良すぎであります。」
そい言うとアーリンがこぶしを強く握り構えた。
どういうつもり…。
なぜアーリンと…。
戸惑うリアにまったく戸惑う事なく向かってくる。
「アーリン止めて!」
なんて重たいこぶし…。
刀で受けているっていうのにまったく躊躇のない
アーリンのこぶしは傷つく事もなく
何度でも繰り出してくる。
「そんな防いでいるだけでは
ノエルさんを助けられないのであります。」
こぶしを繰り出してくるアーリンの動きが止まり
手には弓を持っている。
すかさず、無数の矢を空に向かって放つと再び向かってくる。
無数の矢が落ちてくる前にこぶしの乱打。
防ぎきれずに吹き飛ばされると矢の嵐が
リアを襲う。
「うぐ…。」
「どうしたでありますか?
私はまだまだ本気ではないのです。」
そうだ。
あの地獄で見たアーリンは桁違いだった。
「まだまだ…来い。」
しっかり刀を構えたリアを見てアーリンが
笑みを浮かべた。
「行くであります。」
さっきよりも更に速くなった。
速いのに重たい。
リアは避ける事さえままならないアーリンの攻撃を
必死に見ていた。
アーリンの動き。
アーリンのこぶし。
アーリンの全てを。
何時間経ったのか分からない。
暗くなった辺りは注意して見ていても
昼間とは違い視界が悪い。
だけど、それはアーリンも同じはず。
闇の中に気配を紛らわせアーリンの気配を探るが
まったくアーリンの気配がしない。
森の中、ざわざわと騒ぐ木々。
その風と木々のざわめきの中、アーリンが目の前に現れる。
自然と調和し完全に1つとなっているアーリンの攻撃を
まったく読めないリアは何も出来ない。
当てずっぽに刀を振るが当たる事はない。
目で見てても間に合わない…。
どうしたら…。
と、言うかなんでアーリンには私が見えてるの。
暗いのは一緒なはずなのに。
考えるんだ。
何かあるはず。
今の私だってアーリンがぎりぎりまで近づいてきたら
さすがに分かる。
だったらどうして近くに来たら分かるんだろう。
音?
気配?
視覚?
音なんて木々がざわざわしていて遠くだと聞こえない。
気配だってあれだけ消されたら追えるはずない。
視覚だってこんな暗いと見えない。
いったいアーリンは何を使って私の場所を…。
だいたい、以前ここで私と戦った時も
昔、かくれんぼした時もアーリンは私を見つけられて無いじゃない。
それ以後もアーリンは確実にリアをとらえ攻撃してくる。
いくら場所を移動しても的確に捉えているのが
リアにもはっきりと分かる。
いくら逃げても駄目だ。
アーリンは1回攻撃しては暗闇の中へ戻っていく。
なんで連続で攻撃してこない?
逃げていく方向は…。
ばらばらだ。
右へ逃げる時もあるし
左へ逃げる時もある。
いくら逃げていく方向へ目を凝らしても
意識を集中してもアーリンをとらえる事は出来ない。
辺りに集中していると突然、光が見えた。
矢!?
今度は無数の矢がどこからか飛んでくる。
暗闇に光る矢を避ける事はそんなに大変ではない。
アーリンはいったい何をしてるの。
全然分からない。
光る矢の先までじっくり目をやっても
相当遠くから打っているらしくアーリンの姿が見えない。
すると、突然リアが走り出した。
ここにいても全然見えない。
だったら…。
リアはアーリンのいると思われる矢を放っている方向へ走り出す。
が、アーリンの矢が突然消え、アーリンのいる場所が分からなくなった。
どうやっても攻撃してくる方向を私に感じてほしいわけね…。
けど、どうしたら良いの。
矢が飛んでくるのなら見えてるし感じられるのに
アーリンが来ると見えてない。
矢とアーリンの違いって何?
確かに光ってるから見えてるのもあるけど…。
何か違う…。
今度は矢を放ちながらアーリンが攻撃してくる。
見えている矢があると余計にアーリンの攻撃してくる方向が分からない。
矢をいくら無視していても視界に入らないアーリンが
全然つかめなかった。
しかし、ある時だった。
同じ矢なのに突然見えた矢があった。
光ってるはずなのに見えなかった。
どうして…。
すると次は遠くだというのにアーリンの気配を感じた。
と、思うと気配が消える。
なんで!?
ますます分からなくなるリアは高い木の上へ上がった。
ここなら…。
木の上から見ると月明かりに照らされ
微かには見えるがアーリンの場所なんて分かりはしない。
ドスン
アーリンのこぶしでリアのいた木が倒される。
木の下まで落ちるとすぐ側にアーリンが立っている。
「どうでありますか?」
「…。」
「どうしたら気が付かれずに近づけるか考えるのであります。」
それだけ言うとアーリンは闇の中へ消えていく。
気が付かれないように近づく方法…。
どうしたら気が付かれないのか。
アーリンだから気が付かれないわけじゃないんだ。
同じ矢でも…意識してなくても見えてるのもあるのに
見えなかったのもあった。
その違いって…。
何かに気が付いたリアは歩き始めた。
その途端アーリンの動きが止まる。
それまで止まる事なく打たれていた矢も止まり
アーリンの直接攻撃も止まった。
こういう事だったの!?
ようやく分かった、と言う感じで集中して歩く。
その風の吹く中を。
が、突然アーリンが現れ腹に一発。
「うぐっ。」
「惜しいであります。
油断大敵であります。」
惜しい!?
アーリンは風の流れる方向から私に向かって来ているんじゃないの?
再び足を止めているとアーリンの攻撃が続く。
歩き出すと攻撃が止む。
これが答えじゃない…。
じゃあどうしてアーリンは攻撃してこなくなるの。
一瞬止んだ攻撃も少し経つと再び始まる。
その違いがリアには分からない。
分からない。
遠くにいても見える方法…。
再び矢が飛んでくる。
しかし、その矢を見ていると見えたり見えなくなったりしている。
!?
なぜ?
アーリンの放つ矢はどれも同じ。
そのはずなのに1本の矢でも見えなくなったりする。
それも今の矢は消えたり見えたりしていた。
待って…考えるんだ。
何が違った。
矢とアーリンの違い。
見える矢と見えない矢の違い。
同じ矢でも見えたり見えない矢。
…。
リアはもう一度歩き出す。
そして走り出した。
ゆっくり走り出し時には早く
そして歩く。
アーリンは攻撃してこない。
そうなんだ。
風と同じように。
あくまでも自然の中にいると見えないんだ。
しかし、それでアーリンの場所をとらえたわけではなかった。
突然現れたアーリンに不意打ちを受ける。
「暗闇の中ではそれで良いのであります。
昼間では見え見えであります。」
そっか。
私は勘違いしてた。
見えないからってだけであんな動き…。
昼間でもきっとアーリンは私に気が付かれないで行動できるんだ。
風に乗りながらもっと速く…。
無駄な動きはいらない。
リアの動きが変わった。
風の先を読み
速い風から速い風。
その速度はいつの間にかいつものリアの速さになっている。
そして、アーリンの居場所が見える。
リアはアーリンに向かって刀を振り切った。
「見事であります。」
「わざとね…。」
アーリンはニコッとだけして答えようとはしない。
しかし、リアには分かっている。
アーリンの姿が見えたのはアーリンが止まったから。
わざと止まって居場所を教えてきた。
「後は相手の動きを予測するだけであります。」
そっか。
相手の位置とか相手の一番良い動きの出来る場所を
先に考えながら動けば良いんだ。
「アーリンありがとう。」
「私は何もしていないのであります。
ただのかくれんぼであります。」
いつもと逆じゃないの…。
私はノエルを探した。
昨日いた場所にはいない。
どこへ行ったのだろう。
リアがノエルの居場所を探そうとして最初に行く場所は
決まってあそこしかない。
廃教会。
コツン
コツン
私が入っていくと案の定ノエル…
いや、アクアが座っている。
思えばノエルとであったのもここだった。
あの時、私があの場に座っていたような気もする。
懐かしい。
「ノエル?」
やはり返事はない。
今、あの中にいるのはノエルじゃない。
そう思い込もうとしても
あの姿は紛れも無くノエル。
いくら決意しようとも本気でなど向かえるはずがない。
リアはノエルが立ち上がる前に廃教会を出た。
風を切りながら走るといつもより速く無駄のない走りが出来る。
ノエルもそれに付いてくるが速さだけなら互角。
リアはあっという間に人のいない場所にまでノエルを誘い込んだ。
「アクア、ノエルを返しなさい。」
「…。」
「答える気はないみたいね。」
「リバースを出せ。」
やっぱり狙いはリバースなわけ…。
でも、あいつは出さない。
ノエルが殺される…。
『おいおい。俺を出せー。』
強い意思を持てばリバースが出てくるのを防げる。
「奴と戦いたいなら私を倒してからにしなさい。」
消えた!?
あれだけアーリンの速さを見てきたリアではあったが
それをあっけなく上回るアクアの速さ。
慌てるな。
先を読むんだ。
速くても攻撃するときは私の近くまで来る。
躊躇することなく向かってくるのはアクア。
氷で出来た剣で一刀両断。
「!?」
寸前の所で避けるリアだがアクアはそれを見逃さない。
突進からその勢いを止める事もなく第二撃目が来る。
風を感じるんだ。
その二撃目もなんとかしのぐとアクアの動きが止まった。
「昨日とは別人だな。」
何かを確かめたかのように一瞬目を閉じると
再びアクアが消える。
さっきよりも更に素早くリアへと向かってくる。
いったいどれだけ速くなるわけ!?
いくらなんでも速すぎるその動きに
受けるのもやっとだったリアにリバースが話し掛ける。
『しっかり目を開け。
お前に見えないもんなんかあるわけがねえ。
俺にははっきり奴が見えるぜ。』
速いが見えないわけじゃない。
斬りかかってくる時の瞬間はよく見えている。
上手くアクアの攻撃を受けるところまでは良いが
その後が問題だった。
すかさず蹴りを食らわしてくるアクアに全く反応できない。
防戦一方になるリアは徐々に疲れを見せ始めた。
「リバース。
出てくる気はないのかい。」
『ちっ。』
このままじゃ結局リバースが出てきちゃう。
どうにかしないと。
ノエルが危ない。
リアは立ち上がり刀をだらりと下げている。
『おい、なんで構えねえんだ。』
「死を覚悟したか。」
アクアがゆっくりとリアに向かってくる。
リアも遅れて歩きだし次第に加速する。
アクアが剣を振りかざしリアへ向けて
それを振り下ろしてきた時、
リアはその一撃目を防ぎに行く。
二撃目が来る前にリアは刀を消した。
「!?」
そして、二撃目が来る前に再び刀を戻しアクアの肩を叩いた。
宙に浮いていた2人は互いにダメージを受けたまま
地へと叩き付けられる。
「はあはあ…。」
「なぜ斬らなかった?」
リアは斬ろうと思えば斬れたのを
わざと斬らずにアクアを叩いた。
「なぜ?
はあはあ…。
そんな事…決まっている…。
私には…守るものがいる。
絶対にノエルを傷付けさせなんてしない。」
「そんな理由だけでこれほど強くなれるのか。」
「さあ、ノエルを返して。」
「良いだろう。
だが、私は諦めたわけではない。
お前がリバースと入れ替わったり
お前が今よりもまた強くなった時、
その時は再び私が…なんだ!?」
急にノエルがもがき始めた。
「止めろ、小娘。」
!?
ノエルが必死にアクアを抑えてるんだ。
「リア、今のうちに斬って。
アクアの言う事なんか聞かないで。
私の邪悪な部分が本当の事なんて言うわけない。
今ここで抑えないときっと大変な事になる。
だから、お願い。」
「ノエル!?
出来ないよ。
出来るはずないじゃない。
ノエルを殺すなんて。」
「リア、お願い。」
両目から溢れる涙を拭う事もせずに
何度も同じ言葉を繰り返す。
「させないよ。
もうリバースなんてどうでも良いや。
邪魔する奴は消す。」
アクアに戻ったノエルが再び近づいてくる。
戸惑うリアは受ける事も半端にその攻撃を受ける。
『もう変われ。
このままじゃどっちも消されちまうぞ。
意地張るな。』
「…私は負けない。
私のせいで巻き込んだんだ。
絶対に負けない。」
もう小細工は聞かない。
考えたって仕方ない。
全力でいくだけ。
その力は飛躍的に増大していた。
アクアの氷で出来た剣にひびが入ると
そのまま何度も斬りかかる。
その動きはまるでアーリンそのもの。
無駄が一切なく完璧な動き。
それに加えて威力のある一撃。
次第に圧倒し始めるリアにアクアは防戦一方になる。
「急に動きが良くなったと思ったけど切れただけか。」
その動きは良かったが単純すぎた。
アクアには簡単に先読みされてしまい
二撃目以降は楽に受け流されている。
リアは一度離れると刀をしまい
両手を組んで念じた。
するとあの弓が現れる。
何度も見ていたアーリンの弓。
試しに1本放ってみるとアクアの氷の剣に命中する。
アクアは驚いたかのようになんとか矢を弾くと
次々来る矢をその剣で弾いていく。
徐々に慣れてきたのかアクアは
じりじりと間を詰めて来るが
リアはあっという間にアクアの間合いまできていた。
「!?」
そしていつの間にか持っていた刀でアクアを斬りさいた。
「諦めなさい。」
とうとう追い込んだリア。
刀を倒れているアクアの顔へ当てる。
「殺せるのかしら?」
「やるさ。
それがノエルの望みなら。」
リアは刀を大きく振り上げると
思い切ってそれを振り下ろした。
「!?」
何が起こったのか刀が止まっている。
いや、刺さっているけどアクアには刺さっていない。
「アーリン…!?」
「そんな事をする為に強くなってもらったわけではないのであります。
人を傷付けるだけの力なんていらないのであります。」
痛いはずなのににっこりと笑っている。
アーリンは刀を抜くとアクアの方を向く。
「ノエルさん。
もう良いのであります。
過去の過ちなんて誰にでもあるのであります。
そんなものよりも今。
今を大事にするのであります。
こうして貴女を守ろうとする人がいる…
それだけで生きる理由になるのであります。」
「アーリン駄目。
今ノエルの中にいるのはアクアだから。」
「関係ないのであります。
どっちも同じノエルさん。
さあ、1つに戻るのであります。
もう貴女は過去なんて引きずって
生きる事はないのであります。」
するとノエルに変化が起きた。
さっきまで殺気に満ちていたノエルが
いつものノエルに戻っていく。
「リア…。」
「ノエル!?」
2人は強く優しくお互いを包み込むように
抱きしめ合った。
「リア!?」
私がノエルから少し離れると
ノエルの顔をじっくりと見て言った。
「おかえり、ノエル。」
「ただいま、リア。」
いつになく優しい笑顔でノエルは微笑んだ。