1時間30分。
それがあの人のいる所までかかる時間。
今日は一段と寒いね。
明日辺りは雪でも降るかもよ。
そんな会話から始まる一方通行の会話。
もう貴方が亡くなって1週間経った。
用意されていたかのように通夜、葬式とすぐに済み
あっという間にお墓の中へと眠りに付いてしまった貴方。
長い苦しみの中耐え切れなかった彼は自殺した。
どんなだっただろう。
癌だと知らされた時。
治りようがないと知った時。
もう長くないと知った時。
死のうと決めた時。
飛び降りる事を決めた時。
飛び降りた時。
本当の貴方は何を考えていたの。
私自身二度の死から生還しているとは言え
それと彼の癌は別物なのかもしれない。
刻々と迫る死。
私にはそれに耐える力なんてあるのだろうか。
私が病に倒れた時。
死なんて物を考える余裕もなかった。
ただ必死に生きたいと願った。
他には何もいらないと。
脳出血で倒れた時、私にはその記憶すらなかった。
気が付くと何日も経っていてその時よく聞かれた事を覚えている。
「今日は何月何日ですか?」
私が聞くのならそれも普通かもしれないと
今では思ってしまう。
そんな簡単な事すら答えられない日が記憶の中に
鮮明に残されている。
もちろん、24時間頭痛との格闘は続く。
体もまともに動かせず意識もあるんだか分からない私。
ただ痛みだけが先を行く。
1日。
それがこんなに長いのかとその時再確認させられた。
嫌な事がある日。
それが来ると分かっていると
そこへたどり着くのがとても長い。
何度もそれへのイメージを膨らませ
出来るだけ無難に回避しようと日々を暮らしていた。
それでも初めての感覚。
それがあの時だったのかもしれない。
逃げ場なんてない場所。
と、同時に生きている証拠を得た。
その場で働く人たち。
どれだけ凄い人に見えた事か分からない。
本当に天使にすら見えた。
2〜3週間で痛みも多少治まると一般病棟へと移った。
それまで集中治療室で何でもしてもらっていた状態から
一変して全て自分でする生活と他人との共同生活。
4人部屋とか6人部屋。
何より人が苦手な私には苦痛でしかなかった。
出来るだけ音楽なんかかけて無視。
それしかない。
それでも話しかけてくるおばさん。
新しい人が来ると来た回数だけなんで入院しているのかを聞いてくる。
いっそうの事ベッドの前にでも病名を書いた紙を張っておこうと
思ったくらい。
それから更に数週間経つとせっかく少しは慣れた場所なのに
再び移動となった。
そこは治療よりもリハビリとか定期検査なんかで数日入院するだけ。
そんな病棟へと移された。
頻繁に人が入れ替わり入ってくる。
早ければ1日。
はじめましてよろしく。
なんて言ったと思ったら次の日にはもうお別れ。
なんて面倒な病棟だろう。
そんなイメージが最初にあった。
そんな時、携帯をいじりに病院の玄関まで出ていった時、
貴方と出会った。
一見どこも悪そうには見えないその姿。
1日だけの検査入院にも見えた。
「キミ寒くないの?」
病院の服にカーディガンを羽織っただけの私。
確かに10月も中旬。
長くいれば寒くて別に意味で通院しないといけない所だ。
気軽に話しかけられた私は答えに困ったが別に
変な人でもなさそうに見えた彼に返事をしたが
彼にとってその返事はおかしかったらしい。
今となってはその言葉が良かったのかもしれない。
人が人と仲良くなるきっかけなんていくらでもある。
時には会話なんていらない場合だって存在する。
生きてさえいればいくらでも出会える。
そのはずだったのに。
それから何度か彼と病院の玄関で話す事が出来た。
丁度5回目くらいの時だったかもしれない。
彼が癌だと知ったのは。
それでも生きようとしている。
今の彼の願い。
それを聞いた時なんとも言えない気持ちだった。
それをどんな気持ちで言っていたのか。
実際なってみないと分からないのかもしれない。
それから間もなく私は退院。
彼はそのまま。
私はいつしか彼のお見舞いへと毎週行くようになっていた。
自宅療養の合間に週1度の病院での検査とリハビリ。
その日に1時間もない間にする会話。
内容なんて全然覚えてない。
そんな程度の会話。
誰とでもするようなどうでも良いような会話。
それが貴方にどんな気持ちで届いていたの?
本当に良かったのだろうか。
1ヶ月、3ヶ月、半年…。
時間は嫌でも過ぎていく。
貴方は日に日に弱っていく私にそれを
悟られないように接していた。
そして、運命の日は突然やってきた。
今から1週間前の朝方。
貴方は陽が昇る前にこの世から去った。
癌の転移。
もう体中を癌が埋め尽くしていたらしい。
それでも彼は最後まで必死に戦った。
通夜では彼の両親や親戚、知り合いやなんやでごたごたした。
お見舞いなんてほとんど誰も来ていなかったのに。
死んでから来るなんてどうかしてる。
やり場のない怒りなんかをそんな人たちに
ぶつけてみても亡くした哀しみなんて消えようがない。
疲れきった私は告別式には出ずに1人自宅から見送った。
そんな時だった。
1通の封書が届いていた。
宛名はない。
消印は3日前。
私には誰からかの検討は付いていた。
だからなのか開ける事をとまだった。
何が書かれていようがそれに対する返事を私を書けない。
一方通行な手紙。
そんなのは嫌だった。
放心状態の私の手が勝手に動きだすまでに
どれくらいの時間が経っていたのだろう。
彼の映像が頭の中をぐるぐると回り
私の中を埋めて行く。
二度と変わらない映像と会話。
新しい1ページなんてもう存在しない。
そう思っていた。
ちぎるようにびりびりと糊付けされた所を開けると
無心で私はその文字を見ていた。
そこには彼のしたかった事が永遠と書かれていた。
たとえ治ってももう出来ないと知っている事も。
何もかも失ってしまった事。
それから私に対するごめんの一言。
それは返事なんて必要としない手紙だった。
彼はわざと返事のいらない手紙なんかを私に送った。
私に余計な事をさせないように。
人間なんていくらでもいる。
生きてさえいれば出会いなんていくらでも作れる。
僕は生まれ変わったらもっと元気な体が欲しいな。
本当、生きてさえいれば出会いなんてあるのに。
生まれ変われるなら苦しみもいらないのに。
お墓の前で私はこうして毎日のように彼と会話している。
彼との全てを思い出にしないように。
ずっと忘れないように。
そして私は
貴方がまた笑ってただいまと言えるように
毎日天国へと手紙を送っている。