あぁ、
今日も憂鬱な1日が始まった。
目覚ましを止めるともう一度寝る…。
「こらぁ〜起きろぉ〜。」
と言う声と共に布団をポカポカと叩かれる。
叩いてくるのは…妹。
妹と言っても年の差が10もある…
実の母親の再婚相手の連れ子…つまり血の繋がりの無い妹。
妹のようでそうでもないけどやっぱり妹なんだ。
再婚というだけでも驚いたのに子供がいる…
ちゃんと仲良く出来るのか不安もあった。
それでも妹はすごくなついてくれた。
それが本心なのか居場所が無くなるのはもう嫌だっていう気持ちなのかはすぐに分かった。
今まさに叩かれている俺は一人っ子で18年。
母親の手で育てられてきてしっかり就職もした。
およそ想像も出来ない辛い時もあったに違いない。
俺にとって再婚の二文字は聞きたいようで聞きたくない言葉の1つだった。
他人が急に家族になる。
そんなのは嫌だった。
どんな奴が来たって拒絶してやる、なんて思ってた。
それを変えさせたのは妹だった。
妹を見た途端、自分と同じ目を見つけた…そう思った。
嫌わないで。
不安だけど。
仲良くして。
ちょうど外を歩いている時にダンボールに入っている子猫を見た時のような目だった。
俺はそれで全てを許す気になった。
それからすぐに一緒に暮らすようになったけど最初から仲が良いわけじゃなかった。
俺自身も学校やバイト、仕事先どこでもそうだった。
仲良くしたくてもどう接して良いのか分からない。
父親のいなかった俺は小学生の頃から虐められてきた。
何をしても人よりもできなかったし自信もなかった。
きっと妹もそうなんだ…。
お互いだから何かとぎこちない。
会ったその日から暮らすようになって1週間2週間…
しばらくは敬語だった。
それも徐々にとけてきたのは半年ほど経った頃だった。
突然これが始まったのもそれからすぐの事だった。
「起きなさぁい。」
「起きてる…。」
朝は弱いのだ。
妹は逆に朝から元気なタイプ。
真逆な面もあって当然。
「朝ご飯出来てるんだから早く顔洗って来ないと駄目だよw」
本来はこういう子なんだろうな…なんて事を毎朝思う。
親の都合で、なんてのは言い訳かもしれないけどそう考えてしまうのも普通だろう。
俺にとっても父親の記憶と言えば写真でしかない。
それもそのはず。
俺が生まれる前に離婚したのだから。
一方的だったらしい。
他に女が出来たなんてのはドラマの中だけで良いと思う。
最近の昼ドラだってそんなありきたりなものじゃ受けないだろう。
それとは違って妹の母親は病気だったらしい。
子供の頃は他人と違う所があると嫌でもちょっかい出す奴がいて
相手はふざけてちょっとからかうだけのつもりかもしれないけど
本人にとってみれば致命的だ。
何も言い返せないし自分が悪いわけでもない都合。
少し大人になれば誰でも理解できるけど
それまでおった傷は一生治らないかもしれない。
そんな傷を少しの間だけでも良いから忘れられる時間を…
この瞬間だけでも…。
そんな毎日がいつまでも続くと思っていた。
あの日までは。
その日は突然やってきた。
そう…出会った日と同じように。
それを知ったのは会社の中だった。
母親から電話があり妹が急に倒れて今病院にいるとの事。
当然途中で病院へ向かったが向かう途中も頭の中は真っ白で
何も考えられないまま病院へ駆け込んだ。
病院・・・病院なんて大嫌いだ。
なんの良い思い出もない。
当たり前かもしれないけど。
近くにいた看護師に妹の名前を言うとすぐに妹のいろ所まで連れて行ってくれた。
妹を見た瞬間ようやく理解した気がした。
妹は倒れたんだと。
そこは一般病棟ではなくて集中治療室で妹には意識がない。
「母さん。」
妹の傍に母親だけがいる。
「あんた…。」
全然会話が出来ない。
何を話して良いのかすら分からない。
それから何日経っただろう。
会社にいても全然仕事が手に付かない。
けど、すぐにどうなるわけでもないらしく
すぐに起きるかもしれないしずっとそのままかもしれない。
そんな適当な答えを聞いてもどうする事も出来ない。
何かしてやれると言ったらただ帰りに寄って手を握るくらい。
そして語りかけるくらいだった。
そっとおでこに触れると温かい。
フッと笑ってしまう。
いつもと逆だ。
いつも妹が起こしに来ていたのに、なんて思ってしまった。
なんで妹なんだ。
こんな必死だったのに。
もっとどうでも良い人生の奴もいるのに。
1ヶ月・・・2ヶ月。
妹には全く変化がない。
変化したのはそれから更に半年以上経ってからだった。
最後に話したのはいつだっただろう。
いや、一方的になら前の日の夕方だった。
妹が朝起こしに来た最後の日はいつだっただろう。
あれから毎日起こしに来たのに結局起きる事は無かった。
その日、すぐに会社を辞めて家に閉じこもるようになった。
何もする気になれない。
したくない。
死にたい。
あの日まで何もなかったのに。
あの日から光が現れて…
哀しみ
哀しみ
哀しみ
通夜、葬式とあっという間にすぎてしまい、もう朝がこなくなったようだった。
朝になっても起こしに来ない。
だったら寝ていよう。
どうせ何もする事もない。
同じ日。
昔に戻っただけなのにぽっかり空いた穴をふさぐ物がない。
そういえば…
ふと思い立った。
妹の部屋。
ほとんど行った事のなかった部屋。
無意識にノックをしてから入ると何も変わらないあの日のままの部屋。
ベッドの下や押入れにでも隠れているんじゃないかって思うくらいに…。
生活観のある部屋だからかもしれない。
いきなり倒れたのだからそれもそうかもしれない。
ベッドには女の子らしくぬいぐるみなんて置いてあったり、
本棚にも本より目立つ小物が大勢並んでいる。
机には教科書は無く、辞書に地図…日記が置いてある。
辞書にも地図にも付箋がしてあって何か調べていたらしい。
しかしページにしてあるだけで何を探していたのかが分からなかった。
そして日記へと手を付ける。
日記
2月6日
今日暗かった家を出て明るい家に来た。
おばさん…お母さんはとっても優しい人みたい。
だけど…
2月7日
…お兄ちゃん。
お兄さん?
兄弟ってなんだろう。
家族ってなんだろう。
よくわかんないよ。
2月8日
今日は新しい学校。
今度は頑張ろう。
多分…。
2月14日
バレンタインデー。
だけどあげる人もいない。
せめてお兄さんには…。
2月18日
今日は少し仲良く出来た。
いつになったら不安がなくなるのかな。
2月28日
初めて普通に話せた。
すっごい緊張したけど優しかった。
話してる時凄く目が悲しかった。
3月4月…………
日記はずっと書かれていた。
読み進めていくと不思議な文章が現れた。
まるでこうなる事を知っているかのような文章…。
11月24日
起こしてあげられるのは後何日だろう。
正確には分からない。
ずっとこのままで良いのにな。
11月27日
不安。
いつだか分からない事がこんなに怖いなんて…。
11月28日
今日なのか明日なのか。
運命ってなんだろう…。
11月29日
天国。
地図を見てもやっぱり載ってない。
あの人…。
お兄ちゃんはこれからもしっかり元気でいるのかな。
11月30日
運命の予感。
きっとこれで良い。
あの日からそう決めたから。
覚えて無いけど2度も楽しめた。
だから…。
せめてこの日記だけでも…。
12月1日
朝から気分が良くない。
だから日記。
書かない方が良いかも知れないけど…。
本当はまだ忘れたくない。
けど、身代わりになれて嬉しい。
何も無いまま終わると思ってた。
本当に。
窓も開いていないのにすーっと風が吹く。
信じがたい事だった。
あまりにも現実的じゃない内容。
本は好きで小説もいくつか読んでいた事は知っている。
でも、日記にこんな内容を書くような子じゃない。
まして嘘を付くなんてありはしない。
これは予言でもなく予知でもない。
まるで未来から来たみたいな文章。
そして変わりに…。
罪悪感。
知らなかったとは言えこんな結末なんて嫌だ。
妹が出来た事なら自分にだって。
そう思った。
「無理よ。」
不意に背後から声がする。
体がさっぱり動かない。
緊張のせい?
「そのまま聞きなさい。
貴方はこれからあの子の命も背負って生きるしかないの。
これはあの子の意志。
あの子は誰かに言われてそうしたんじゃなくてあの子の考えでこうした。
だから、貴方は何もとどまる事はない。
イキナサイ。」
ふーっと体が軽くなるとその気配が消え、後ろを見た時には何もいなかった。
納得…なんて出来るわけない。
だけど、あいつが帰ってこないのは変わらない。
本当だとしても嘘だとしてもこんな事してたらあの頃と一緒じゃないか。
妹がくれた命…無駄にしちゃ駄目だ。
そんなに長くないと分かった時
身代わりになってくれますか?
誰かの為に自分を捨てる事出来ますか?
相手の苦しみを変わってあげられますか?
貴方ならどうしますか?