屋敷を出て数日後リアは古びた教会にいた。

夜でもステンドグラスの向こうから月や星の輝きを受け灯りのないこの場所には
光が常に入ってくる。

昔から宗教まがいのお祈りなんかを教わっていたからというわけでもないが
リアにとっては落ち着けれる場所だった。
外から見た教会はとても教会とは言えないくらいに朽ちてはいるが
唯一ステンドグラスとてっぺんの十字架だけが綺麗に残っていたのが救いかもしれない。
中に入ると外ほどには崩れてはおらず長椅子がしっかりと並べられていて
正面にはマリア様らしき像が見える。

いったいここで過去に何が起きたのか見当も付かない。

しばらくの間一番前の長椅子に座りお祈りをする。
することに理由はない。
特に神様を信じるわけでもなく長年の慣れだけかもしれない。

どれくらいの時が流れただろう。
数分にも感じられるし1時間ほどあったかもしれない。

リアが我に返ったのは外れかけの扉を開く音が聞こえたからだった。
とっさにマリア像のうしろへ隠れてしまったリアをよそに中へ入ってくる小さな男の子。

リアよりも更に小さい。
きっと10歳程度だろう。
見た目はそこらへんにいそうな田舎者風の装いではあるが
この近辺の者ならこんな廃墟へ夜中に来るのもおかしい。

「どうせ誰も僕の事なんて見てないのさ。神様だって僕を見放したんだから…。」

マリア像の前でそうつぶやく男の子。
どうやら神様の前で愚痴を言いに来たらしい。
ザンゲなんて言うけど結局は愚痴。
しかし、それならしっかりとした教会でするべきかもしれない。
とは言ってもどことなく自分に似た印象を受けたリア。

「そんな事はない。」

不意に声を掛けると
まさか、ありえないというような顔をする男の子。
マリア様の後ろから話し掛けたからか勘違いしているようだった。
男の子が目をこすっているうちに像の前に行くと更に驚いた顔をされた。
少しショックを受けつつ続けて話す。

「君、名前は?
この辺の人?
見た感じこの辺りの人間には見えるけど…。」

屋敷を出てから今までまったく人とは接していなかったリア。
久しぶりに人と会話した気がした。

少し怯えた風の少年は恐る恐るリアに向かって口を開いた。

「僕はククル。
この町に住んでるよ。
…お姉さんは?」

はっとした。
それもそのはず。
リアにとって自分の名前を言うことなどありえなかった。
リアの一族は昔から大きな権力を持っていて代々そこら一帯を支配している。
だからリアのいた土地でリアに名前を聞く者など誰一人いなかった。

「私の名はリア・ノート・ヴァルティス。
リアと呼ぶが良い。」

初めて自分から名を名乗るなんてことをしたからか
かなり偉そうな言い方になってしまった。
あくまでも前の自分は捨ててひとりの自分として今ここにいるのだから
身元がばれるようなことはしてはいけない。
ましてや、普通の人間とは違うということなんて絶対に言えない。

「リア…。」

それだけ言うとククルは黙ったまま私の方を見ている。
もしかしたら名前を知っていたのかもしれない。

顔が知れていなくても名前だけならかなり遠くの国まで知れ渡っていても
なんの不思議もない。
しかし、そういう反応とは少し違うようだった。
何かを考えているような。
何かを思い出そうとしているような。
そんな感じに見えた。

「リアはどこから来たの?」

「ずっと東の方から来たぞ。」

まずい。
あいまいにしか答えられない。
しかし、地名まで言えば嫌でも分かることになる。
絶対に伏せなくてはならない。

その時、再び入り口から何かが入ってくる足音がした。


第02話〜氷眼は冷たい眼?〜


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