その姿は子供ではなく小さな猫だ。
怯えているように見えたのは威嚇している格好だったのだ。
「主はここに何をしにきた。」
リアが思わず一歩下がったのも無理はない。
陰にいた猫が口を開いてそう言ったのだから。
この世にはまだまだ知らないことが沢山あるなんてのは当たり前で
悪魔がいたり能力者がいるのは知っていたリアだが
猫が話せるなんてことまでは知らなかった。
「ここが神聖な場所と知ってか。」
「何も知らない。ただの観光だ。」
本当にそうなのだからこれ以外に言いようがないが
リアが反対のたちばでも怪しむのはわかった。
「…無傷で入ってくるところを見るとよほどの能力者か血筋の者か。」
何かつぶやいているがリアには聞こえないほど小さな声だった。
ようやく状況がわかってきたリアは
再び猫に近づくとその小さな黒猫をいきなりハグした。
「きゃ〜本物だ〜。」
目をキラキラさせながら思い切りのハグだから猫もたまったものではない。
必死に抜け出そうとはするもののリアのバカ力には勝てるはずもない。
「離せ怪力女。」
その後猫がブラックアウトしたことは言うまでもない。
「ったく、主のようなやつは初めてじゃ。」
「初めて生の猫なんて見たからついつい…。」
「猫を見るのが初じゃと?
どんな世界から来たのやら…。
まあ、良い。
ちと順番が違うが望みを聞いてやろう。」
「望み?」
リアがキョトンとしていると猫は続けて話す。
「何か望みを言え。
不意だったとはいえわしをダウンさせたことに違いはない。」
更にキョトンとしてしまうリアがようやく話を理解したのは
一時間ほど話を聞いた後だった。
簡単に言うとここの猫たちはこの泉の守り神で
森に侵入してくる部外者を試しているようで
それぞれの猫にはそれぞれのオキテがあり、
それに打ち勝った者にはそれなりの望みを叶えてあげるそうだ。
昔よく読み聞かされた童話みたいな話だけどあれも事実だったわけね。
心の中でリアは納得したものの特に望みなんて見つからない。
そんなものがあるならあの屋敷を出たりはしないからだ。
ちらちらと猫を見るとイライラしているのが分かるほどの形相をしているが、
リアも焦るほど望みなんか思い浮かばない。
「浮かばぬのか?」
いい加減にしてくれと言わんばかりの言葉に、
リアはとっさに言葉を発した。
「付き合って下さい。」
全身の毛が逆立つほどの驚きに、
リアも驚いて訂正する。
「違う、違う。
そうじゃなくて旅にってこと。
全然浮かばないからそのうち叶えて?
そんなのだめかな?」
猫もしばらく考える。
「まぁ悪くはない。」
猫自身もリアのことが気になっていた。
森には数多くの猫が泉を守っているから一匹くらいどうということもないだろう。
猫はそのことを誰かに報告しなければならないらしく
数分の間リアは一人になった。
その間、泉をただ眺めていた。
見れば見るほど不思議な気分になり意識が吸い込まれていく。
あの底には何があるのだろう。
入ってみたい…。
「主、どうした。」
ハッと我に返ると目の前に戻っていた猫にすら気がつかないリア。
「私は主じゃない、リア。」
えへんというような格好を取りながらリアが言うと、
今度は猫がキョトンとしたが理解したらしく猫も名を名乗った。
「わしの名はじゃこうじゃ。」
女の声なのにおじさんのような口調の猫が
リアに名を名乗るとリアの肩にちょんと乗っかった。
「じゃこうじゃ?」
「じ・ゃ・こ・う」
やっと旅らしくなってきたとリアは
じゃこうを見ながら思っていた。
旅にはやっぱりこれよね。
お供がいないと。
ニヤニヤしているリアを見ると
じゃこうは何か背筋が凍りそうなくらいに体が震えた。
じゃこうの後に付き森からすんなりと出ると
一旦街へ戻ることにしたが街に近づくにつれて嫌な予感がした。
「リア様子がおかしい。
魔の気配を感じる。
気を付けるのじゃ。」
一応守り神だけあってそういうものには敏感らしい。
けど…。
「じゃこう、人のいるとこで喋んないでよ?」
痛いとこをつかれたようにじゃこうはシュンとしてしばらくは言葉を発しなかった。
第07話〜虚世界と魔の者?〜