なんだか空気が重たい…。

あの魔の者になった子供とその母親。
本当に自然と魔の者になったのかな。
それともあの最後に言ってた黒い奴って言うのが
子供を殺して魔の者に?
だけど不思議。
何のために魔の者を作り出しているの。
それに自由に魔の者を作りだせるなら…。

答えのない問題を必死に解こうとするが
考えると考えるだけ悪い方向へ考えが向く。

とぼとぼ歩いていたノエルは廃教会まで
無意識のうちに戻るとその扉に手を掛ける。

!?

「アーリンさん?」

アーリンさんは私に気が付き2つ折りにした
紙切れを手渡すと無言のまま廃教会を去ってしまった。

「アーリンさんだったよね…。」

紙切れを開いてみるとそこには小さな字でこう書かれていた。

『真実は今夜0時。』

!?
真実って…アーリンさんは何を知っているの。
あの人っていったい…。

「ノエル!?」

「リア!?」

今日は色々な事がある。
魔の者、その母親、黒い奴?
アーリンさんにリア。

「リア、どうしたの?」

「ん…アーリンを探してたらここから出てきたみたいだったから。」

何か隠している感じがする。
リアはいつも隠そうとする時、きょろきょろしてる。

「何か話したの?」

「ううん、何も話してないよ。
たまたまいたみたいだけど…すぐ出て行っちゃったし。」

「そっか〜。」

しばらく沈黙が続いてリアは出て行ってしまった。
リアもアーリンさんを気にしているのかもしれない。
あの強さ、あの謎な行動。
分からない事だらけ。

とりあえず0時…。

それまで時間がある。

ずっとここにいるのもなんだか嫌だった
ノエルは久々に買い物をする事にした。


買い物なんてたいして興味もないが
何かしていないとあの言葉が頭の中を駆け回る。

しかも、買い物と言ってもリアのようにお金があるわけでもなく
ただ見て回るだけのもの。

欲しいものがあろうと決して買う気にならないのは
ノエルの良いところであり良くないところでもあるのかもしれない。

そんなノエルにも好きな物くらいはある。

太陽の光を受けてキラキラ光る万華鏡。
ほんの一握りのお金さえあれば得られるそれはノエルの密かな楽しみだった。

同じ形を二度する事はなく様々な姿を見せてくれるそれは
ノエルにとって自由そのものに見えているに違いない。
買う気がなくてもふらふらと歩くノエルは
自然と万華鏡の売っている店へと入ってしまう。
薄暗く古びたその店はその雰囲気だけでもノエルを癒やしてくれる。
薄暗い店内をわずかに照らしている灯りを借りて
万華鏡を覗くとその世界に吸い込まれる。

私はいつこれになれるんだろう。

ノエルはふと昔を思い出していた。
まだ、両親のいた頃。


貧しかった暮らし。
それでも優しい時もあった。
なぜ優しくなくなったのか分からない。
良い記憶と悪い記憶がごちゃごちゃに交じり合う。

あれは何歳かの誕生日。
楽しい記憶しかない。
笑顔の両親は精一杯のプレゼントをくれた。
キラキラと光る丸い玉。
いつの間にか手元にはなかったそれはノエルにとって宝物だった。
時間があると転がして遊んだり、
太陽とにらめっこしてた。

今思うとそれは単なるガラス玉で
只同然の価値しかない事もその時から知っていた気がする。
それでもそんな両親が好きだった。
だから、貰えるのなら何でも良かったのかもしれない。
その気持ちがとても嬉しかったのだから。

なのになぜだろう。
いつからか突然変わってしまった両親に私は殺意を覚えた。
殺す事が義務かのように殺人計画まで立てて
泥棒がうちに押し入ったかのように見せかけ殺したんだ。
私のもう1つの姿であるアクアがやったとしても
それも私自身。
記憶が戻った今残っているあの感触は魔の者とは違う。
生身の人をこの手で刺した感触。
忘れたれないあの顔。
なぜわざわざ起きている時に殺したのだろう。
せめて眠っているうちに一刺しで苦しまないように
あの世へ送ってあげれば良かったのに…。


ふと、我に返ると不思議そうに私を見ている店主。
よほど怖い顔をしていたのかもしれない。
私は万華鏡を置くと何も買わずに店を出た。

だいぶ時間も過ぎ陽が傾いている。
ノエルはガラス工房へ入りガラス玉をいくつか買って
誰もいない郊外の丘の上へ来て座った。

ガラス玉を手に取ってその向こう側に太陽を見ると
懐かしい姿を現した。

それはなんとも言いようのない色。
そして歪んだ太陽が見える。

ノエルは涙を流していた事にずっと気が付かなかった。


暗くなるまで丘にいたノエルはガラス玉をポケットにしまうと
何かを決意するかのように右手で拳を作ると
強く強く握り締める。

そして、廃教会へと向かった。


まだ時間が結構ある。
時計なんて物を持っていないノエルは遅れないように
早くから待つ事にした。
アーリンが来るのか、
それとも別の誰かなのか、
何も分からないまま0時が来るのを待つしかなかった。

多少の期待はあるもののその大半は不安。
それでも恐怖は無かった。


ボーン
ボーン
ボーン


どこかの教会の鐘が鳴っているのが聞こえてくる。

8…9…10…11…。
後、1時間。

!?

急に辺りの空気が変わった。
それはとてつもなく冷たく熱い。
ちりちりと空気がざわめき肌に触れるだけで
凍るように刺さり、燃えるように焦がしてくる。

何もなかった空間に突如、黒く丸い穴が現れ
そこから出てきたのは魔導師。
青黒いローブに身を隠し素顔も見えないそれを見て
ノエルは思った。

次元の穴!?
間違えないこいつだ。
こいつがあの子供を殺して母親まで…。
そしてこいつが魔を作り出している…。

ノエルはそいつが完全に出てくるのを
待つ気はない。

有無を問わずに速攻で攻撃を仕掛けるが
ことごとく当たらずに蒸発する。

「礼儀のない子ですね。」

休む事なく攻撃し続けたが
そいつは全くの無傷のまま姿を現した。

「しかし、よく私がここに現れる事が分かりましたね。」

何言ってるのよ…1時間も早いじゃない。
と言うか…アーリンさんはなんでこいつが出てくるのを知ってるの!?

「まあ、良いでしょう。
偶然だとしてもそろそろお前にも消えてもらわないと
いけない頃だと思っていたから好都合ですよ。」

!?
こいつ…。

「さて、おしゃべりはこの辺にしておきましょうか。
両親の元へ連れて行ってあげましょう。」

!!!!

考える暇もなくそいつが攻撃をしてきた。
なんの動作もなく突然放たれる稲妻。
辺りの空気が凍るように冷たくなると
焦げるような衝撃が辺りを包む。

その後、辺りの様子も変化する。
真っ暗な空間からノエルには懐かしい風景へと変化した。

ここは…。

どこまでも続く草原にぽつんぽつんとある家。
古びた家に古びたサイロ。
枯れているように見える井戸に、
ところどころ壊れている柵。
牛がいてヤギがいて
豚がいて鶏がいる。
犬がいて猫もいる。
それはノエルにとって見慣れた風景。

なんで…これは幻覚!?

「ほほほ。
どうやらここがお前にとってふさわしい
死に場所とらしいですね。」

「私を怒らせて楽しいか?」

「ほ?
怒っているのですか。
それは辛亥。
お前の一番来たかった場所のはずでしょう。」

「黙れ、アルシェリル。」

「!?
なぜ、私の名を知っているのです?」

「私はノエルではない。」

「…なるほど。
お前がアレですか。
あの時魔化しかけたそれを人間へ戻した。
面白い。」

広く広くどこまでも続く草原を稲妻が支配する。
逃げ場所などどこにもない。

アクアはありったけの冷気を集め
無数の刃をアルシェリルへ向けて放つが
どれも蒸発してしまう。
方法を変え大きな塊のまま放ってみても
その結果は変わらない。

それからどれだけ攻撃をしても
結果は全て同じだった。

「そろそろ飽きてきましたよ。
終わりです。」

アルシェリルが天に向かって右手を突き上げると
天空から無数の稲妻が出現し大地を焼き尽くして行く。

ドクン

ドクン

動きを止めたアクアに稲妻が直撃した。

「!?」

砕け散る氷の中から無傷のノエルが姿を現す。

「これからが本番…。」

「まあ、どちらでも同じでしょう。」

あの稲妻は氷の結界で防げた。
だけど攻撃が当たらないと勝てない。
どうすれば…。

ノエルは冷気を集めながら
稲妻を避ける。

「さっきの奴の方がずっと良い動きをしていましたよ。
入れ替わったらどうです?」

「…。」

必死に避けながら冷気を集中させるノエルには
もう何も聞こえていない。

ありったけの冷気を集めると
ノエルは長い氷の刃を作り
その巨大な刃をアルシェリルに向かって放った。

「いくら大きくしても無駄ですよ。」

稲妻が巨大な刃を取り囲み
徐々に溶かしていく。

みるみるうちに小さくなる刃は勢いを保ってはいたが
届く前に粉々になてしまった。

しかし、ノエルはそこですかさず
アルシェリルの側へ接近するとその位置で
再び冷気を集中する。

集中させた冷気は壁となり2人を取り囲んだ。

「まさか、こんな方法があるとは思いませんでしたよ。」

「これで稲妻は使えないわ。
覚悟しなさい。」

「ほっほっほ。
それはどうでしょう。」

「!?」

アルシェリルは稲妻を発生させると一箇所に集中的に
稲妻を直撃させる。

しかし、笑っていたのはノエルだった。

「終わりね。」

再び崩壊していく冷気の中
辺りを蒸気が取り囲んでいく。

「なんですと…。」

アルシェリルはノエルの居場所を見失った。

闇雲に撃ち続けられる稲妻が更に辺りを曇らせる。

「どこに隠れようと同じ事ですよ。」

「…。」

ひっそりと身を潜めるノエル。

お願い力を貸して…。

願いを込めてアルシェリルの前に姿を現すと
再び刃を放った。

「わざわざ出てきてまたそれですか。」

アルシェリルが稲妻を刃へと向けた。
しかし、その刃は溶けない。

「!?」

その刃はようやくアルシェリルを貫いた。

「こ、これは…氷じゃない…。」

「…。」

ノエルはポケットに手を突っ込み
その正体を見せた。

「ガラス!?」

「貴女に砕かれた両親の思い。
今度は私が貴女の思いを砕く。」

ノエルは流れる血にガラス玉を込めて鋭い刃を
アルシェリルに突き刺した。

「…。
覚えておきなさい。
見える物が全てではない事を。」

アルシェリルはさっきと同じように次元を斬ると
その中へと消えていってしまった。

その穴へと手を伸ばしたノエルだが
消えてしまった瞬間、
廃教会へと戻っていた。


夢だったんだろうか…。

ポケットの中に突っ込んだ手には
あのガラス玉が握られていた。


第03話〜攻防〜


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