「はあはあ…。」
突然体中の力が抜けノエルはその場にひざまずいた。
なんだ。
急に体が重たくなった。
でも…もう良いんだ。
致命的な一撃とまではいかなかったとはいえ
アルシェリルを退けることができた。
コツン
コツン
誰かが廃教会へ入ってきた足音がするが
倒れているノエルにはそれが見えない。
コツン
コツン
一直線に近づいてくるその足音は
倒れている私の目の前まで来て止まった。
「彼女が…。」
誰?
アーリンさん?
けど、口調が違う。
それに1人じゃない。
…駄目。
全然動けないし、
口も開けない。
「とりあえず彼女を保護します。
運び出して。」
目を覚ましたのは見覚えのある場所。
「目覚ましたみたいね。」
「ここは…。」
「安心してアルシェリルも今はここへはこれないわ。」
!?
目の前にいるのは天使。
ってことは…。
「とりあえず天界は貴女を保護する事に決めたわ。」
それがどういう事なのかなんて分からなかった。
アルシェリルと関係があるのかもしれない。
それくらいしか…。
次の日、しっかりと説明してもらった。
魔の者を作り出すアルシェリルを捕獲する為に
動いていた天界が、
魔の者になるのを抑える事の出来る私を知るまでに
それほど時間はかからなかったらしい。
面倒になりそうと分かったアルシェリルが
私を殺そうとして頻繁に姿を現していたと言う事。
「私の名前はアンジュ。
よろしくね。
こっちのはベニシュよ。
ちょっと無愛想だけど良い子だから仲良くしてあげてね。」
アンジュという名の天使はノエルよりも5歳くらい上に見え、
どっちかというと護衛には向いていない感じに見える。
パームと同じように全体に白い服装で大きな羽が生えている。
ベニシュと呼ばれた天使はノエルよりも少し年下に見え、
護衛と言うよりも…。
それに格好もどことなく幼い感じで羽もまだまだ小さい。
「それじゃ、何かあったら私たちに言ってね。」
ここにいれば安全…なのかな。
けど魔になるのを止められるって…
つい昨日それが出来なかったのに…。
それから1週間ほどで私はようやく普通に動けるまで回復した。
「ベニちゃん。」
「…。」
部屋の中の隅っこにいるベニシュはチラッとこっちを
向いただけでまたあっちを向いてしまう。
「無視しないの〜。」
「別に用事はないんだろう…。」
本当喋るのが苦手みたい。
可愛い。
「そんな事ないよ〜。
ちょっとこっちおいで〜。」
私が手招きするとブツブツ言いながら
のんびりと寄ってくる。
「なんだよ、まったく。」
ぎゅ〜
「お、おい。
離れろー。」
女の子のくせに女の子とくっついたりしないのかな。
照れちゃってるし。
白い肌が赤くなっているのがよく分かる。
「ねえ、ねえ。」
「なんだよー。」
「アルシェリルっていったい何者なの?」
それまでふざけた顔をしていたベニシュが急に真面目な顔になる。
「その事なんだけどさ…よく知らん。」
「はあ!?」
「んな事言われても分からん。
ただ守れって言われただけでそいつがなんなのかも聞いてない。」
「ま、良いや。
どうせ私があいつとまた戦う事はないみたいだし。」
「なあ。
人間ってのはなんでそんなに欲があるんだ。」
欲?
「天使には欲がないの?
あれが欲しいとかさ〜。」
「ない事はないけど人間みたいに無駄な欲なんて持つ奴はいないさ。
人間は簡単に人間同士で殺し合い憎しみ合うじゃないか。
だから魔なんてのが生まれたんじゃないのか。」
そう。
そのとおりかもしれない。
「とは言っても自然に生まれるのは極稀な事らしいからなー。
アルシェリルが強制的に魔の力を増幅でもさせてるんだろ。
天界からしたらそんな理不尽な事は黙ってみてられないわけだ。
10年近くもほったらかしだったのに今更って思うだろうけどな。」
少しずつだけど色々と分かってきた気がする。
だけど…これは私の戦いでもあるんだ…。
黙って見てるだけなんてなんかやだな〜。
「ベニちゃん。」
「…。」
「ちょっと付き合って。」
「どこ行くのさ。」
私が立ち上がりながら言うと部屋から出られると
思ってかちょっと声のトーンが上がっている。
嬉しいのかも…。
「広いところが良いな。
どっか案内して。」
案内されたのは大きなお盆みたいな場所。
スラーっと伸びた支柱にお盆を乗せたようなところ。
支柱は50m以上はありそうだし、
お盆のような物も直径20mくらいはありそうだ。
「これなんなの…。
しかも、どうやって登るの?」
「何言ってんの。
これでも天使だぜ。」
ベニシュは翼を羽ばたかせて自慢げに言うと
ノエルの手を取って浮き上がる。
「この木は樹台って言ってもっとも大きな木さ。」
ゆっくりと上がりだすと一気にその樹台の上まで行く。
上まで来ると更にその大きさが分かる。
「で、何するのさ。」
「分かっててここへ連れてきてくれたんじゃないの?」
「さーね。」
そう言いながらもベニシュはノエルから離れ少し距離を取った。
「分かってるじゃない。」
「まーね。
さっきからうずうずしてたろ。
それくらい分かるさ。」
涼しげに構えるベニシュに対して
ノエルは冷気を集めだす。
「1つ良いか。」
「なに!?」
「やるからにはそれなりに頑張れよな。」
むかーっ。
むかつく。
ノエルは冷気を極限まで集めると1点に集中してそれを
持ったままベニシュの背後へ回る。
「後ろからかい。」
と、思ったら前。
そして右…左。
「流水の動き!?」
静かに…だけど速く。
ベニシュを中心に円を描くようにグルグルと回るノエル。
「どこから来るのかなー。」
余裕すら見せるベニシュ。
「残念。」
「!?」
その瞬間。
無数の刃がベニシュ目掛けて360度全方向から放たれる。
「お!?」
ベニシュが完全にガードに入ると無数の刃がベニシュへ突き刺さっていく。
全ての刃が無くなると蒸発してく刃の中に
ベニシュの姿が少しずつ見えてくる。
「ふー危なかった。
…ノエルは…。」
そう言った時。
ノエルはベニシュのすぐ後ろに姿を現した。
そしてガラスのナイフでベニシュを襲う。
とっさに左手を出したベニシュはそれを犠牲にして
ノエルの動きを制すると槍でノエルを突いた。
「ふー危なかった。」
「天使なのにそんな強くないんだね。」
「ぶっ。」
「それとも手加減したの?」
「そ、それは…。」
素直な子。
リアに似てるのかもしれない。
まっすぐで何でも必死。
嘘が下手で意地悪。
「じゃあ次は本気で相手してね、ベニちゃん。」
うん。
本気じゃないのは知ってる。
それを悟られないように必死でしてる風に見せてるのも知ってる。
もっと強くなりたい。
それから、また1週間。
あれから毎日樹台に来てはベニシュと稽古しているノエル。
「パームって天使知ってる?」
「パーム?
いや…天使っていっぱいいるし自分の属してる隊にはいないな。
そいつがどうかした?」
「前にここ来た時にそいつに襲われたのよ…。
現世にもわざわざ来たりして…。」
「現世に!?
だったとしたらどうやって門を…。」
「どういう事?」
「天使は勝手に現世へ行けないんだ。
許可を取ろうとしても簡単に許可降りないし。」
じゃあパームはどうやって現世に来たんだろう。
なんかひっかかるな…。
「それよりなんか嫌な予感するな…。」
「嫌な予感?」
「ああ、今朝からなんだけど胸騒ぎって奴かな。」
いつも冷静で…というか何考えているのかよく分からない
ベニちゃんがどうもイライラしてる。
その日は早めに部屋へ戻るとベニちゃんにも
早く部屋へ戻って休むように言った。
異変はその日の夜だった。
あいつがやってきた。
「ノエル、起きろ。
あいつがやってきた。
隠れるんだ。」
!?
アルシェリルだ。
遠くにいても感じられる。
忘れられないまがまがしい気を感じられる。
そしてまっすぐに向かっているのはここ!?
「何してるんだ。
ここにいたらやばい、早く。」
「違う。
もう1ついる。」
「!?
本当だ。」
出来るだけ小さく小さくしているのだろうが
殺気を放っているのがもう1つ接近してきている。
「とにかくここにいたら危ない。
少しでも逃げるぜ。」
ベニちゃんは私の手を強く握ると窓を突き破って外に出て
今まで見た事もない速さで突っ走る。
その直後、さっきまでいた場所が真平ら大地と化した。
「そんな…。」
「うひょー。
ありゃやばいわ…。
アンジュたちでなんとか持ちこたえてくれよ。」
天使がいっぱい…。
なんであんなにいっぱい相手にしてて…
なんであんな強いのアルシェリル…。
人間のはずなのに…。
「そりゃ違う。」
!?
私の心を読んだのか…。
もしかしたら自然と声に出ていたのかもしれない。
「人間だけど…あれはいわゆるキメラ。
いろんな生物つかの良い部分だけをくっつけた生き物。」
キメラ!?
「止まって。」
「どうしたんだ!?」
「あれ…。」
ノエルの指刺す方を見るベニシュは飛ぶのを止めて
近くにあった樹台へと降りる。
「こうなったらやるしかないな。
ノエルの言ってた天使ってのはあれか。」
そこにはパームの姿がある。
「そう…。」
「とんだまがい物だぜ。
殺気を消してりゃ天使そのものだな。
魔の者よ。」
パームは無言のままノエルへ突進してくる。
「邪魔だ、ノエル。」
私を蹴り飛ばすとパームの一撃を軽く受け止めると
槍を突きさすがパームもすんなりと避ける。
「お前はさっさと行け。
あっちまで行けば天使がいる。
そこまで急げ。」
圧倒されつつコクリと頷くとノエルは
走り出した。
走っている途中にも物凄い爆音が
何度も何度も耳を通過する。
何してるんだ、私。
逃げないために強くなろうとしたのに…。
ノエルは急いで今来た道を戻る。
「何してるんだ、馬鹿やろー。」
「どうせ馬鹿だよ。」
そう良いながらベニシュは少し喜んでいるようにも見えた。
しかし、2対1でも苦戦しているのには変わりない。
パームの力に防戦一方になる2人は徐々に体力を削られる。
「そろそろやばいな…。
ノエル、あれやってみて。」
!?
あれって言うと…あれ。
あれの事だろうけど…。
ノエルは不思議に思うも冷気を集中していくと
それをパームに向かって放った。
そして途中でその氷を砕くと
すぐに再び固めると一時的にパームを氷の中へと閉じ込める。
その直前、ベニシュがパームにしがみついていた。
!?
「何してるの!?
ベニちゃん?」
「言ったろ。
このままじゃやばいって。
保護するのが任務なんだが最低限の任務は…
お前を守れれば達成だ。」
その後、私の声も届かずに
ベニちゃんは跡形もなく消えてしまった。
第04話〜始動〜