それから何日経っただろう。
すっかりあの人形の事など忘れていた頃の事。
「ガーネット様!?
どうされました。」
私が廊下の際にしゃがみこんでいると執事の者が声を掛けてきた。
「何でもない。
ほうておけ。」
「ですが…。」
どうせ本気で心配などしている者などいるわけはない。
無理やりその場から立ち去りホールへやってきた。
案外広いホールには日中、人があまりいる事がない
と言う事を知っている。
そこの立派な椅子に横になると高い天井が見える。
どうやって拭いているのか分からないくらいに
広く高い天井にはまったく汚れがなく
見事なまでに輝いている。
ふと見た天井の1箇所が汚れているように見えた。
見事なまでにキラキラしている天井なのに
1点だけそう見えてしまうと気になる。
何か汚れでなくくっついているのだろうか。
そう思うと横になどなっていられずに立ち上がり少しでも
高くへという気持ちから精一杯かかとを浮かして見るが
せいぜい10cm背が伸びた程度で
その汚れらしき物がなんなのかは分からない。
誰かを呼べばすぐにでも確認できるが
それだけは絶対にしたくないガーネットだった。
維持でもなんなのか確認しようと思ったガーネットは
自室へ戻ると細長い双眼鏡を持ち再びホールへ来ると
少しどきどきしながら双眼鏡を目に近づけた。
「きゃっ。」
突然、双眼鏡を落としたガーネットは震えている。
心臓がバクバクなり苦しそうに両手で
胸を落ち着かせようと抑えている。
なぜあのような場所に…あのような物がある…。
少しだけ落ち着いてきたガーネットは
落としてしまった双眼鏡を拾うと
もう一度だけゆっくりとその場所を見た。
今度はゆっくりと数秒間、それを確認するように見た
ガーネットは確かに確認したという感じで双眼鏡を
ゆっくりと目から離すと椅子へ座る。
なぜあのような場所に『殺して』などと書いている…。
それは真っ赤な字で本当に小さく『殺して』と
書いている。
頻繁にとは言っても月に1度拭くかどうかの天井。
あれがいつからあるのか確かめたい。
そう思うとガーネットはすぐに立ち上がり執事を呼ぶ。
「どうかなされましたか?」
「ホールの天井を掃除している者と話したい。
どこにおる?」
少し考えている素振りを見せる執事。
何を考える必要などあるのか。
「申し上げ難いのですが…その者はつい先ほど亡くなりました。」
!?
亡くなった?
「どういう事じゃ?」
「それが…原因不明の病らしいのでございます。」
不治の病で亡くなったということなのか。
ならば…あの『殺して』とはなんだ。
なぜ人目の付かぬ場所へ残したのだ。
もう少し詳しく調べたくなったガーネットは
その者の部屋へ案内してもらうと
閉じこもって部屋を調べ始めた。
清掃員の部屋にしては酷く汚れている。
物は散乱していて足の踏み場も選ばないと
怪我をしそうな物まで落ちている。
窓までしっかりとふさぐかのように
ごみが積まれていて息苦しくさえ感じる。
ガーネットはそれでも果敢に中へと入ると
何か手がかりがないか調べ始める。
とりあえず下に落ちている物は無視して
机に乗っている物から調べていると
カラフルな厚めの本と日記を発見した。
先に厚めの本へと手を伸ばし、それを開くと…
何かの作り方の本らしい。
四角い紙を折って色々な物を作る。
そんな内容。
その完成図は鳥であったり人であったりさまざま。
そんな物の作り方がぎっしりと最後まで描かれている。
たいした興味もないが一応綺麗に布で拭くと
一部綺麗にしておいた床へ置く。
続いて日記の方へと手を伸ばした。
古い感じに色あせた、元は綺麗な青だったようにも
思わせるそれの表紙には書き始めた日付けが書かれている。
1740年8月12日!?
嘘でしょ。
今から50年以上前の日付け。
そんな昔からこの1冊に…なんて疑問からガーネットは
恐る恐る日記のページをめくった。
そこにはなんら普通の内容。
日付けによるとここへ入ってから書き始めたらしい。
愚痴が多く書かれているが中には嬉しかった事や
楽しかった事も書かれている。
だが、ページが進むにつれ日記は飛び飛びになり
中には何ヶ月も書かれていない時期もある。
それなのに一言も『久しぶり』みたいな文章もなく
平然と毎日書いているような内容が続く。
そういう性格の人なんだろう。
ごみだってこんなになるまで放置なんだし。
そんなで日記も終盤へと近づくと
再び毎日書かれているのに気が付いた。
しかも、ここまで来て内容に変化が現れた。
それも最近の事。
『最近、何かに監視されている気がする。
長年この広いお屋敷で働いてきたがこんな感覚は初めてだ。』
『昨日から何か調子がおかしいらしい。
いるはずのないものが見える。
あれは誰なんだ。
昔、私が殺したあいつにそっくりだ。』
『勘弁してほしい。
今更何を言われても助けようがない。
私に何ができるのだろう。』
『また明日会えるだろうか。
あの場所で。』
『違うと知っていても会いたくなる。
少しでも長く。』
『なんと言う事だ。
再び同じ過ちを犯してしまった。
私は罪人…だが死ねない。
決して死ねない。
約束を果たすまでは。』
日記は一昨日で終わっている。
今朝亡くなったのなら昨日の分があってもおかしくはない。
じっくりページを見てみると
最後のページだけ少し破った後が残っている。
本人か他の誰かが破り捨てたのだろうか。
ガーネットは机の上やその周辺を見回すが
その切れ端を見つける事は出来なかった。
清掃員の部屋から出て自室へ戻るとすぐに
さっきの内容を自分のノートへメモると
ある事に気が付いた。
あの清掃員は2人誰かを殺している?
内容からすると何か関係のある2人なのだろうか。
それに殺したとしていったいどこへ死体を隠せる?
なにより人の多い屋敷とは言え人が消えれば誰かが気が付くはず。
それに…
『死にたい』ではなく『殺して』。
そこに何かあると言うのか。
この世から消えたい人間が思う事など分からぬ…。
私がこの屋敷を嫌っているのと同じだろうか。
だとしても何が違うのだ。
消えたいけど死ねない?
消えたいなら自殺が早いはず。
これだけの人がいる屋敷。
その歴史では数人自殺した者もいる。
まして突然消えた者など数え切れない。
それが逃げ出しただけなのかは今となっては知る事も出来ないが。
あれから3日後。
不思議な夢を見た目を覚ました。
忘れていたあの人形だ。
なぜ今更あの人形の事など…。
しかし、あれだけ引き下がらなかったからには
捨てているはずがない。
そう確信すると何か嫌な気がしてきたガーネットであった。
第03話〜人形〜