2008年9月17日(水)
また朝なのか夜なのかすら分からない朝が来た。
「今日は検査ないけど何か必要な物はある?
1日横になってるだけじゃつまんないよね。」
看護師さんが気を遣って言ってくれても何も思いつかない。
「他にも―――」
「ん?」
「他にも見えなくなった人いるの?」
「そうね。
今は退院しちゃったけど少し前までいたわよ。」
「その人って見えなくなって何してたの?
私…全然何して良いのか分からなくて。」
「そっか。
最初はより子ちゃんと同じだったよ。
何して良いのか分からなくて音楽ばっかり聴いてたね。
それからは見えなくても1人で色々出来るようにする為に
悪戦苦闘してたわよ。」
私に出来るだろうか。
目が見えてたって人より何か出来た事なんてないのに
そんな私に…目の見えない私に…人並みに出来るだろうか。
看護師さんが離れると静かな部屋になる。
静まり返った部屋に小さな音。
雨!?
微かに雨の音が聞こえる。
普段は意識なんてほとんどしない音が
静まり返ったより子の部屋の中まで染み入るように届いてくる。
音が聞こえてくると雨の匂いまでしてきた気がした。
雨の独特な匂い。
今の私にぴったりのような気がする。
こんな日に誰か来てくれたら良いのに…。
「より子ちゃん、ご飯よ。」
さっきの看護師さんが再びやってきた。
そうだ…名前。
「看護師さん…名前なんでしたっけ。」
「え〜最初の日に言ったのに忘れちゃうなんて酷いな〜。」
「ごめんなさい…。」
しょんぼりとしたように見えるのか分からないけど
そんな顔で看護師さんの声の聞こえる方を向くとため息の後に名前が聞こえてきた。
「斉藤都だよ。」
「みやこさん?」
「今度は忘れないでね〜。
って…ご飯、ご飯。」
バタバタと小走りでご飯を私のベッドのわきにある台の上へと置いてくれる。
匂いからしてもなんとなく分かる。
ピーマンの匂い。
苦手…。
「今日は人参、ピーマン、豚肉の炒め物わかめのお味噌汁よ〜。
病人さんは残さずに食べましょうね〜。」
私が苦手なの知ってて言ってるかのように聞こえる…。
いやいやと首を振るがピーマンの匂いが近づいてくる。
「いやいやしちゃ駄目でしょ。
一応来週からは2種類から選べるから今週は我慢してね。」
結局、無理やり口の中へと放り込まれ完食した。
「は〜い、ごちそうさま。
お水は置いておくから飲めるかな?」
「うん、多分。」
「こぼしちゃっても呼んでくれれば良いからね。
じゃあ、みやこはお仕事に戻りま〜す。」
明るい。
素なのか作ってるのかよくわかんないけどなんだか元気が出る。
水。
手探りでゆっくりと台の上にあるはずのコップを探す。
ガシャン
「あっ。」
しまった。
落としてしまった。
…みやこさん呼ばないと。
ナースコールの場所はすぐにわかる…。
ベッドの頭の上の方にあるはずのナースコールを探すが
なかなか見つからない。
なんでないの。
どこにあるの。
…。
諦めた私はベッドの上に座ったままみやこさんが来るのを待った。
お昼には来るだろう。
そう思って。
「どうして呼ばないの?
本当にしっかり探したの?
ちゃんと頭の所にあるわよ。
ほらちゃんと探しなさい。」
私は探さなかった。
あんな人だったなんて思ってもいなかった。
優しいと思っていたのに…。
それから夕方。
お母さんが来るまでずっと私はむす〜っとしていた。
「―――それでみやこさん、凄く怒っちゃってさ〜。
あんな人だと思わなかったよ。」
「より子。
本気で言ってるの?」
「え!?」
「斉藤さんがどうして怒ったのか分からないの?
って聞いてるの。」
どうして怒ったか?
そんなの決まってる。
自分の事くらい自分で――!?
そっか。
だからみやこさん怒ったんだ。
「分かったみたいね。
斉藤さんはそんな人じゃないって分かるでしょう?
簡単に諦めちゃ駄目。
見えないくらいで逃げちゃ駄目。
お母さん、そんなに弱く育ててきたつもりないよ。」
「お母さん…。」
お母さんがよく泣いていたのを知っている。
どうして泣いているの?
聞けたらどれだけ楽だっただろう。
きっと私のせい…って思うほど聞けなかった。
私の前ではそんな事ないのに、きっと家では…。
私はその日歯磨き用のコップを台に置いてもらって
何度も何度も手で探す練習をした。
少しでもみやこさんに喜んで欲しかった。
第04話〜夢って何?〜