2008年9月19日(金)

知ってしまった。
みやこさんの秘密。


今朝の事。

「おはよう、より子ちゃん。」
 
「おはよう、みやこさん。」

「今日も外は良い天気よ。」

「そっか〜。」


あれ!?

起きあがろうと手に力を入れようとしたら滑ってベッドから落ちそうになってしまった。
それでも、みやこさんがいて良かった。

そのまま床へ落ちるところをみやこさんの手が私を支えてくれた。
けど…知ってしまった。

「みやこさん、ありがとう。」

「本当気を付けないと駄目だよ…。」

また昨日と同じ感覚。
なんだろう。

「みやこさん…どうして片手しか使わないの?」

そう。
いつもみやこさんは片手。
昨日も今も。

「う〜ん、もうばれちゃったか。
私、事故で片腕がないのよ。
だから本当は看護師じゃなくて看護助手。
より子ちゃんみたいに1人で歩き回ったり出来ない人のお世話をしているの。
他にも色々してるけどね。」

そんな…。
なんでハンデがあるのに明るいの。
なんで人の事なんて考えられるの。

「より子ちゃん。
自分が一番不幸なんて思ってる?」

「え!?」

「私もね。
事故にあってこうなった時、もう何もできないって思ったの。
高校生の時にね。
普通に自転車の乗って走ってたら車が突っ込んで来たのね。
相手の人もわざとじゃないのは分かってるけど必死に謝られるの見てると
こっちが悪い人みたいな感じしちゃってね。
最初は私も絶対許さないって思ってたし
もちろん両親だってそうだったけどそのおかげってわけじゃないけど
入院してリハビリしてるとそれまで見えなかった物がいっぱい見えたのね。
優しくしてくれる看護師さんに友達。
リハビリしてる他の患者さんたち。
頑張れば片腕なくても何かできるかなって思ったのね。
高校ではずっと水泳してたんだけど片手でも結構泳げたりするし
今はこうして私を助けてくれた人たちの中で私がより子ちゃんを
助けようって頑張ってる。
より子ちゃんがどう思うかは分からないけど
私の生きる意味はちゃんとあるし腕がなくても出来る事なんて
いっぱいあるんだって思えるようになった。
より子ちゃんにも何か見つかればな〜って思うよ。
さ、その為にも苦手なピーマン頑張って食べましょうね〜。」

私の言葉を遮るかのようにそのまま朝ご飯を取りに行ってしまった。
私の頭の中で色々な言葉がぐるぐると回り始めた。

ないから諦める。
それじゃ駄目なんだ。
ないなら人より頑張れば良いんだ。


その日の朝ご飯から私は自分の手で箸を握りゆっくりでも自分で食べるようになった。
少しでもみやこさんのように強くなろうって思いながら。


その日の午後。
リハビリって言うのが頭から離れなくて院内にあるリハビリ室へと連れて行ってもらった。
見えない私がするリハビリなんて杖を使って障害物を避けながら歩くとか
何がどこにあるか手探りで当てたりなんて事。


それに勉強。
点字。
まさか自分が読めるようになるまで頑張るなんて思いもしなかった。
前に授業で何度かした。
青空教室って言う障害者の施設に行った時に勉強した事はあった。
だけど、その時に覚えた物なんて極わずか。
それに目で見えていたからわかる。
見えない状態で何が分かるんだろう。
手でなぞってみても全然理解できない。
文章を読むなんて出来るんだろうか。

杖を使って歩くのだって怖くて全然進めない。
随分進んだと思ってもたった3mだったりした。


「交差点渡れないよ〜そんなゆっくりじゃ。」

みやこさんが意地悪そうに私に声をかける。

「えー交差点ってどれくらいだろう?」

「短い場所なら7mとかくらいかな?
30秒くらい青だからそれ以内じゃないと駄目だよ。
音のない交差点じゃいつ青なのかどっちが青なのかも
車の音で見極めないといけないし
交差点だって気が付かないと大変だよ。
歩道だってそんなに幅あるわけじゃないから道路に落ちちゃったりしたら…。」

「もう〜みやこさんの意地悪。」

「あら。」

「!?
どうしたの、みやこさん。」

「ちょっと待ってね。」

なんだろう?
見えないと何が起きてるのかも分からない。
不安…。

「ごめんごめん。
ちょっと耳の聞こえない子と話してたの。」

耳の聞こえない子!?

「どうやって喋るの?」

「普通なら手話だけど…筆記しかないね、私は。」

筆記…。
私がもし耳の聞こえない子と会話しようとしたらどうすれば良いんだろう。
手話なんて見えないし…紙の書いたって見えないし
私が喋っても聞こえない。
耳の聞こえない人となんて一生会話できないのかな。

「より子ちゃん。
彼…竜太君って言うんだけどどうしたのって聞いてるよ。」

!?
そっか。
向こうからは私の事見えるんだ。
りゅうた君?
男の子?

「どうしたのって…。
みやこさん、どうやって自分で伝えたら良いんだろう?」

「目の見えないより子ちゃんと耳の聞こえない竜太君だと
会話の手段は点字かなー。
竜太君頭良いから点字も読めるのよ。」

そうなんだ。
私も見えてるうちに勉強してれば良かった。
そうしたらりゅうた君と直接会話出来たのに…。

私は悔しいままみやこさんに代わりに話してもらった。

りゅうた君は私より2つ上の今年二十歳になる19歳。
小さい頃に高熱で耳が聞こえなくなったらしい。
今日はたまたま病院の日でリハビリ室へ寄ったらしい。

「あ、ちょっと呼び出し。
より子ちゃん、ここで、待っててね。」

行ってしまった。
残されたってりゅうた君と会話できるわけじゃないのに…。
どんな顔して私を見てるの?

突然腕をつんつんされた。
びくっとしてしまったけどりゅうた君だと分かる。
そのまま床に座ると腕を掴まれた。


!?
何!?


りゅうた君は私の手のひらに指をくっつけてくるくるしてきた。

「やだっ、くすぐったい。」

話そうと手を引いたが強い力で腕を離そうとしないりゅうた君。
私が観念すると…。


!?


手のひらに何か書いているのが分かる。



こ・ん・ど・あ・そ・び・に・き・ま・す



今度遊びに来ます!?

確かにそう書いてくれた。
私は一生懸命に頷いた。



新しい出会い。
きっと変われる。

私もみやこさんやりゅうた君のようになれるんだ。


りゅうた君が帰ってからも私は一生懸命歩く練習に点字の勉強をした。


第06日〜私の退学届け〜


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