久々の街はあの時の事を思い出させる。
アリスを連れて走った道。
あの時とは違う。
私にもアリスにも、もう賞金は付いてない。
それから数日しても怪しい動きをする人間なんて簡単には見つけられない。
それどころか街の人に聞いてもそんな事件は知らないと言う。
どういう事だろう。
アルシェリルの嘘だったのだろうか。
だけど、嘘を付く理由がない。
再び何日か経過した後。
ようやくその機会がやってきた。
まさに人が争っているいるその時
片方から禍々しい気配が発せられると人間にはありえない力で
相手の人間の皮を剥いでいった。
「ぐわーっ。」
声にならないような奇声と共にその人間の皮は剥がされ
もう一方の人間がそれを被った。
「そこまでよ。」
私は出来るだけ冷静を装って声を掛けた。
するとそいつは動きを止めこちらを見てきたが
その動きがおかしい。
頭だけが簡単に180度回りこっちを見たかと思うと
そのまま更に180度回転し皮をしっかり貼り付けると
今度はしっかり全身をこちらへ向けてきた。
「貴様…のこのこと戻って来ていたと聞いたが
本当だったようだな。」
!?
私を知っている?
いったい誰。
「分からないか…。
皮を被り続けるしかない我ら…分かるわけもないな。
呪われた存在め…今こそあの時の仇を取ってやる。」
いったい誰…。
考えている暇などない。
10mほどあった距離をたった1歩で詰めて来ると
力のこもった一撃がノエルに直撃した。
ノエルはその場から壁まで飛ばされるとそのまま倒れこんだ。
「どうだ。」
「確かに人ではない…アルシェリルの言っていた事は本当なんだ。」
全くダメージを受けた素振りを見せないノエル。
「どうなっているんだ。
あいつは人じゃないのか…化け物め。」
「フフ…。」
ノエルの調子がおかしい。
ノエルは別に人間と何も変わらない。
刺されれば痛いし
当然殴られれば血も出る。
「何がおかしい。」
「別に…ただ誰だかも知らないまま葬っても、
とか思うとやる気も出ないだけ。」
「なんだと貴様。」
明らかに怒っている様子の男。
だが、名乗らせる必要があると感じたノエルには
こうする以外に方法なんて見つけられなかった。
「我はクロム・トーイ・パンテット。
貴様に滅ぼされし国の王だ。
いつかは殺しにと思っていたが
そっちから来てくれたのは好都合。
ここであの時の恨みを晴らさせてもらうぞ。」
!?
その名前って…じゃあこの人がアリスの義父。
とは言ってもこの形じゃアリスも気が付かないかも。
それに会わせたとしても…。
その多少の戸惑いをクロムが見落とす事はなかった。
今度はさっきよりも素早く力を込め一撃を放ってきたが
ノエルは瞬時に氷の結界を作り出しクロムを閉じ込めた。
アルシェリルは抹殺した方が良いみたいに言っていたけど
何か方法はないのかしら。
とりあえず氷漬けにしておけば当分は―――
パリン
全身を覆っていたクロムの氷が簡単に破壊されると
中からクロムが出てくる。
「随分な事するなー。
ちょっと焦ってしまったではないか。」
「子供騙しの技じゃ駄目みたいね。」
「あの時の力はどうした?
あの攻撃は見事だったぞ。」
ちっ…あの時相手してたのはアクアじゃない。
あのでたらめな女もなんとかしないといけないっていうのに…。
それにしても氷漬けに出来ないっていうならやるしかないか。
ノエルは氷で刃を作り出し次々と放つ。
そして大きな氷を作って細長くすると
それを手にクロムの心臓を突いた。
元は人間だしそんな強いはずないか。
クロムは地に倒れ心臓には氷の刃が突き刺さっている。
さてと…こいつの処理と…既に息の無い人間。
どうやって処理したら良いのよ…。
その時だった。
倒れていたクロムの手がノエルの足を掴んできた。
「そんな!?」
確かに心臓は突いた。
どうして。
「甘いなー我らは既に生きてはいない。
心臓を突いたくらいでは死なないようだ。」
ぽっかりと開いている心臓。
だが一適の血も流れてはいない。
「さて、どうしてくれようか。」
捕まれたまま身動きの取れないノエル。
もがくが力自体はクロムの方が上だった。
そしてそのままもう一方の手で拳を作ると
ノエルの顔面を何発も殴り始めた。
「分かるか。
この痛み。
そして自分の顔を失った痛み。
お前にそれが分かるか?」
…痛み。
自分の顔を失う。
私の顔もアルシェリルによって作られただけなんだろうか。
私はいったいなんなんだ。
痛みなど受けていないようにノエルは無表情で
クロムの打撃を受け続けた。
「はあはあ…なぜだ。
なぜ叫ばない。
なぜ命乞いしない。」
「罪は全て私にある。
殺されるわけには行かないけど
気が済むまで殴れば良い。」
「なんだと!?
殴るだけで済むと思っているのか。
我の国はお前に滅ぼされた。
たかが小娘1人守る為に国1つ落とす者がいるとはな。」
私がした事ではない。
アクアの仕業。
それでも人からしたら私がした事に違いない。
ふと気が付くとクロムの拳が止まっている。
「こんな事の為に生きながらえてきたと言うのか。
復讐など何も生まぬ。
哀しみからは哀しみしか生まれぬ。
ノエルと言ったな。」
さっきまでとは違う。
なんて穏やかな声だろう。
その表情もさっきまでの顔とは違う。
「アリスは元気だろうか?」
!?
「まあ、良い。
どうせ今更会う事もない。
それよりも、あの女…アルシェリルとか言ったな。
あれに言われて我らを葬りに来たのか。」
全て知っているらしい。
別にアルシェリルの命令ではないけど…。
「罪無き者を殺す行為を黙認する事は出来ない。」
「ふっ。
当然の考えだな。
我が逆の立場でもそうするだろう。
だが…宿命か我もただでは死ねぬ。
せめて本気の一撃でも食らわせてくれ。」
なぜだろう。
倒す為に探していた者。
そのはずなのに助ける方法を考えている。
「どうした。
こっちは殺される覚悟が出来ている。
さっさとかかってこい。」
クロムになんの罪がある。
確かにアリスを殺そうとはしていたのかもしれない。
だけど…それは誰にでもある事。
実際にしたわけでもない。
私になんの権利がある。
「来ないというのならこっちから。」
クロムは再び近づいてくる。
だが、その拳にさっきほどの威力はない。
やるしかないのか…。
ノエルは氷の剣を作り一撃で粉砕した。
「そんな顔をするな。」
!?
私はどんな顔をしているんだろう。
全然知らない相手…
昔から魔の者を人だと知って破壊してきたのに
なぜ今更…。
「あいつが元気ならそれで良い。
親から捨てられた可愛そうな奴なんだ。
どうかよろしく頼む。」
その直後、クロムは砂のように消え去り
天に帰って行った。
第03話〜ナイトメア〜